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2007/07/07(Sat) 10:54:55
「本日は、天候にも恵まれ、春の良き日に---」 新学期を祝す学園長の祝辞が、体育館で延々と続いていた。 一応皆、まじめな顔をしているものの、まともに聞いてるのは1割もいないだろう。 「あーあ、やっと終わった」 「これで帰れるぜ」 入学式が終わり、生徒たちはぞろぞろ教室に向かう。 長い髪を三つあみにした少女は、きょろきょろしながら、辺りを見回していた。 「ねえ、あなた、新入生でしょ」 後ろからかけられた声に、彼女は振り向く。 どこかで見たことある女の子が、にこにこ近寄ってきた。 「迷ったの? 私たちの教室はこっちよ」 手を握ると、彼女はぐいぐい人ごみを掻き分け、少女を引っ張っていった。 「あ、あの・・・」 「いいからいいから。早く行かないと、先生に怒られるって」 引かれながら、少女は思い出した。 (えーと・・・あ、そうだ、同じクラスの子だっけ) さっき体育館で、自分の前に立っていた子だ。 彼女を振り返り、女の子はにこっとした。 「川本 奈々よ。よろしく」 明るく微笑む奈々に、少女も嬉しくなった。 「あなたの名前は?」 (うっ、来たわね) 内心ひるみながら、少女は心の中でうめいた。 あんまり言いたくないのだが、いつまでも隠せるわけがない。 (どうせクラスで出席取ったら、一発で覚えられるしね) 彼女は腹を決めると、答えた。 「あのさ、あんまり笑わないでよ---って、無理だけど。後野・・・」 「え?」 「後野・・・茉理・・・」 「は? 後のまつり? 何言ってるの」 奈々は、あきれた顔で茉理をねめつけた。 「もう、行くわよ。早くしないと先生来ちゃう」 通じないことにため息をつきつつ、茉理は奈々に手を引かれ、教室に向かった。
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2007/07/07(Sat) 10:56:25
「まさか、それが名前だったとはね」 初めてのホームルームが終わり、下校になった。 奈々は、くすくす笑いながら、茉理の机に寄ってくる。 「もう! そんなにうけないでよ」 ぶつぶつ言いながら、茉理はため息をつき、かばんを持った。 「だあってさあ、いくらなんでもすごすぎ。一体誰がつけてくれたの?」 一緒に並んで歩きながら、笑いが止まらない奈々に、茉理はふくれて答える。 「おばあちゃん。もう半分ボケちゃってるんだけどね」 自分でも、嫌でどうしようもないのだが、親がそれで市役所に登録しちゃったんだから、開き直るしかない。 「大人になったら、絶対改名してやるわ」 こぶしを握り、決意を固める茉理に、奈々は言った。 「でも茉理って名前、けっこう可愛いんだけどね。苗字と合わせると・・・ぷぷっ」 思い出したのか、彼女は口に手を当て、笑いをこらえた。 「さっきの町田先生の顔ったら、すごかったしね」 「・・・・・・」 茉理の担任 町田先生が名前を呼ぶとき、なんとも言えない顔をしたのが、彼女の脳裏にも浮かんできた。 『えーと、女子の出席番号1番、後野・・・? うん? これ、なんて読むんだ? あとの? いや、一番だから、あ、だよな・・・』 散々迷ったあげく、困った顔で、つぶやいたのだ。---あとの まつり、と。 あーっ、あの瞬間、穴があったら---いや、なかったとしても、自分で掘って、埋まりたい心境だったよーっ。 茉理は、心の中で頭をかかえた。 いつも新学期には恒例のこととはいえ、すごくすごく傷つくのだ。 そこで、『はい』と返事をしなければならない自分が、嫌でたまらない。 (おばあちゃーんっ、一生憾んでやるっ) 茉理は肩を落とすと、奈々と一緒に階段を降りていった。
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2007/07/07(Sat) 10:58:08
昇降口まで後一歩のところで、茉理ははっと顔をあげた。 今、横をすれ違った男子生徒の集団を、振り向いて、穴の開くほど見つめる。 「どうしたの? 後野さん」 奈々が不思議そうに、茉理の視線を追う。 「誰か知ってる人でもいたの?」 「え・・・ううん」 茉理は、首を横に振ると、また前を向いた。 昇降口で、靴を変えながら、唇をきゅっと引き結ぶ。 (あせらなくても大丈夫) 上靴を靴箱に入れながら、自分に言い聞かせた。 ここまで来たのだ。 同じ学校に---同じ校舎の中にいる。 あの人は、逃げたりしない。 必ず会える、絶対近いうちに。 「後野さん、行こう」 明るくかけられた声に、茉理は笑顔で応じながら、玄関を出た。
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2007/07/07(Sat) 11:00:35
あこがれの学校 第一日目は、こうして無事に終了した。 夜、習慣になってる日記を書きながら、茉理はすっかり満足していた。 (ホームルームは嫌だったけど、でもやっぱり来てよかったな) うーんっと伸びをすると、立ち上がり、窓の外を見る。 小さなマンションの3階から、ちょっと落ち着いた町並みが見えた。 都心から離れた郊外の町。 でも商店街のネオンはきらきらしてるし、向こうの方では、まだ電車が走ってる。 パジャマのまま、窓を開けると、春先の風が冷たく頬を打った。 でもそれが心地よい。 茉理は、くすっと笑った。 彼女の転校は、家族にとって、理解不能、意外なものだった。 本当はここじゃなく、別な町に住んでいた。 父親の会社への通勤も便利だし、まわりに大型スーパーやら駅やらあって、なんの不便もない。しいていえば、緑がないぐらいのものだったのだ。 それが、茉理の『どうしても、クリスティ学園に入りたい!』の一言で、落ち着いた家庭に、一大混乱が巻き起こった。 地元の中学に素直に入学しない茉理に、両親は散々説得を試み、ぼけてわけわからなくなってるはずのおばあちゃんまでが、大反対した。 でもなぜか彼女はあきらめきれず、とうとう勝手に学園に電話し、編入試験のことをきいてしまうに至り---両親は、ついに折れて、この町に引っ越してくれたのだ。 電車通勤だった父が、決心して車を買い、今ではけっこうご機嫌に、毎朝運転していく。 ラッシュから開放された喜びが大きいのだろう。 (お父さん、お母さん、おばあちゃん、ありがと。わたし、がんばるね)
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2007/07/07(Sat) 11:01:46
茉理は夜景を見下ろしながら、心の奥でつぶやいた。 絶対に会う。 お兄ちゃん---わたしの初恋の人に。 茉理は、勉強机の上にのった写真立てを、微笑んで引き寄せた。 そこには幼い少年と少女が、満面の笑顔で写っている。 それを胸に当て、茉理は目を閉じた。 (お兄ちゃん、わたし、とうとう来ちゃった。待ってられなくて---お兄ちゃんに会いに) 初恋の人。 小学校3年生まで、隣に住んでた仲良しの水沢 明人。 親の再婚により、引っ越してしまって、もう会えなくなっていたけれど。 (絶対待ってるって約束したけど---でも、やっぱり会いたいんだもん) 茉理は、写真に唇を寄せた。 「おやすみなさい、お兄ちゃん。絶対見つけるから、待っててね」 写真立てを机に戻すと、窓を閉め、電気を消し、ベッドにもぐりこむ。 薄暗い天井を見上げたときに、ふと今朝のことを思い出した。 (そういえば、あの人もクリスティの制服だったな。生徒だったりして) 今朝会った、不思議な少年。 綺麗な笑顔を思い出し、茉理は頬を赤らめた。 (何考えてんのよ、茉理! あんたは、お兄ちゃんひとすじでしょ!) 自分に叫びながら、茉理は布団を頭まですっぽりかぶる。 (今日はお兄ちゃんの夢が見られますように---) 念じながら瞼を閉じると、本格的な眠気が襲ってきた。 何しろ今日は5時起きだったし。 数分後、静かに寝息を立てながら、茉理は眠りの世界に旅立っていった。
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