きつねこぶたの創作部屋

きつねこぶたの創作小説ブログです。ただいま<私立クリスティ 学園シリーズ>を連載しています。
[ <1>−1 ]
2007/07/07(Sat) 10:54:55

「本日は、天候にも恵まれ、春の良き日に---」
 新学期を祝す学園長の祝辞が、体育館で延々と続いていた。
 一応皆、まじめな顔をしているものの、まともに聞いてるのは1割もいないだろう。
「あーあ、やっと終わった」
「これで帰れるぜ」
 入学式が終わり、生徒たちはぞろぞろ教室に向かう。
 長い髪を三つあみにした少女は、きょろきょろしながら、辺りを見回していた。
「ねえ、あなた、新入生でしょ」
 後ろからかけられた声に、彼女は振り向く。
 どこかで見たことある女の子が、にこにこ近寄ってきた。
「迷ったの? 私たちの教室はこっちよ」
 手を握ると、彼女はぐいぐい人ごみを掻き分け、少女を引っ張っていった。
「あ、あの・・・」
「いいからいいから。早く行かないと、先生に怒られるって」
 引かれながら、少女は思い出した。
(えーと・・・あ、そうだ、同じクラスの子だっけ)
 さっき体育館で、自分の前に立っていた子だ。
 彼女を振り返り、女の子はにこっとした。
「川本 奈々よ。よろしく」
 明るく微笑む奈々に、少女も嬉しくなった。
「あなたの名前は?」
(うっ、来たわね)
 内心ひるみながら、少女は心の中でうめいた。
 あんまり言いたくないのだが、いつまでも隠せるわけがない。
(どうせクラスで出席取ったら、一発で覚えられるしね)
 彼女は腹を決めると、答えた。
「あのさ、あんまり笑わないでよ---って、無理だけど。後野・・・」
「え?」
「後野・・・茉理・・・」
「は? 後のまつり? 何言ってるの」
 奈々は、あきれた顔で茉理をねめつけた。
「もう、行くわよ。早くしないと先生来ちゃう」
 通じないことにため息をつきつつ、茉理は奈々に手を引かれ、教室に向かった。

第一巻<1> / TB(-) / CM(-) /

[ <1>−2 ]
2007/07/07(Sat) 10:56:25
「まさか、それが名前だったとはね」
 初めてのホームルームが終わり、下校になった。
 奈々は、くすくす笑いながら、茉理の机に寄ってくる。
「もう! そんなにうけないでよ」
 ぶつぶつ言いながら、茉理はため息をつき、かばんを持った。
「だあってさあ、いくらなんでもすごすぎ。一体誰がつけてくれたの?」
 一緒に並んで歩きながら、笑いが止まらない奈々に、茉理はふくれて答える。
「おばあちゃん。もう半分ボケちゃってるんだけどね」
 自分でも、嫌でどうしようもないのだが、親がそれで市役所に登録しちゃったんだから、開き直るしかない。
「大人になったら、絶対改名してやるわ」
 こぶしを握り、決意を固める茉理に、奈々は言った。
「でも茉理って名前、けっこう可愛いんだけどね。苗字と合わせると・・・ぷぷっ」
 思い出したのか、彼女は口に手を当て、笑いをこらえた。
「さっきの町田先生の顔ったら、すごかったしね」
「・・・・・・」
 茉理の担任 町田先生が名前を呼ぶとき、なんとも言えない顔をしたのが、彼女の脳裏にも浮かんできた。
『えーと、女子の出席番号1番、後野・・・? うん? これ、なんて読むんだ? あとの? いや、一番だから、あ、だよな・・・』
 散々迷ったあげく、困った顔で、つぶやいたのだ。---あとの まつり、と。
 あーっ、あの瞬間、穴があったら---いや、なかったとしても、自分で掘って、埋まりたい心境だったよーっ。
 茉理は、心の中で頭をかかえた。
 いつも新学期には恒例のこととはいえ、すごくすごく傷つくのだ。
 そこで、『はい』と返事をしなければならない自分が、嫌でたまらない。
(おばあちゃーんっ、一生憾んでやるっ)
 茉理は肩を落とすと、奈々と一緒に階段を降りていった。


第一巻<1> / TB(-) / CM(-) /

[ <1>−3 ]
2007/07/07(Sat) 10:58:08
 昇降口まで後一歩のところで、茉理ははっと顔をあげた。
 今、横をすれ違った男子生徒の集団を、振り向いて、穴の開くほど見つめる。
「どうしたの? 後野さん」
 奈々が不思議そうに、茉理の視線を追う。
「誰か知ってる人でもいたの?」
「え・・・ううん」
 茉理は、首を横に振ると、また前を向いた。
 昇降口で、靴を変えながら、唇をきゅっと引き結ぶ。
(あせらなくても大丈夫)
 上靴を靴箱に入れながら、自分に言い聞かせた。
 ここまで来たのだ。
 同じ学校に---同じ校舎の中にいる。
 あの人は、逃げたりしない。
 必ず会える、絶対近いうちに。
「後野さん、行こう」
 明るくかけられた声に、茉理は笑顔で応じながら、玄関を出た。


第一巻<1> / TB(-) / CM(-) /

[ <1>−4 ]
2007/07/07(Sat) 11:00:35
 あこがれの学校 第一日目は、こうして無事に終了した。
 夜、習慣になってる日記を書きながら、茉理はすっかり満足していた。
(ホームルームは嫌だったけど、でもやっぱり来てよかったな)
 うーんっと伸びをすると、立ち上がり、窓の外を見る。
 小さなマンションの3階から、ちょっと落ち着いた町並みが見えた。
 都心から離れた郊外の町。
 でも商店街のネオンはきらきらしてるし、向こうの方では、まだ電車が走ってる。
 パジャマのまま、窓を開けると、春先の風が冷たく頬を打った。
 でもそれが心地よい。
 茉理は、くすっと笑った。
 彼女の転校は、家族にとって、理解不能、意外なものだった。
 本当はここじゃなく、別な町に住んでいた。
 父親の会社への通勤も便利だし、まわりに大型スーパーやら駅やらあって、なんの不便もない。しいていえば、緑がないぐらいのものだったのだ。
 それが、茉理の『どうしても、クリスティ学園に入りたい!』の一言で、落ち着いた家庭に、一大混乱が巻き起こった。
 地元の中学に素直に入学しない茉理に、両親は散々説得を試み、ぼけてわけわからなくなってるはずのおばあちゃんまでが、大反対した。
 でもなぜか彼女はあきらめきれず、とうとう勝手に学園に電話し、編入試験のことをきいてしまうに至り---両親は、ついに折れて、この町に引っ越してくれたのだ。
 電車通勤だった父が、決心して車を買い、今ではけっこうご機嫌に、毎朝運転していく。
 ラッシュから開放された喜びが大きいのだろう。
(お父さん、お母さん、おばあちゃん、ありがと。わたし、がんばるね)



第一巻<1> / TB(-) / CM(-) /

[ <1>−5 ]
2007/07/07(Sat) 11:01:46
 茉理は夜景を見下ろしながら、心の奥でつぶやいた。
 絶対に会う。
 お兄ちゃん---わたしの初恋の人に。
 茉理は、勉強机の上にのった写真立てを、微笑んで引き寄せた。
 そこには幼い少年と少女が、満面の笑顔で写っている。
 それを胸に当て、茉理は目を閉じた。
(お兄ちゃん、わたし、とうとう来ちゃった。待ってられなくて---お兄ちゃんに会いに)
 初恋の人。
 小学校3年生まで、隣に住んでた仲良しの水沢 明人。
 親の再婚により、引っ越してしまって、もう会えなくなっていたけれど。
(絶対待ってるって約束したけど---でも、やっぱり会いたいんだもん)
 茉理は、写真に唇を寄せた。
「おやすみなさい、お兄ちゃん。絶対見つけるから、待っててね」
 写真立てを机に戻すと、窓を閉め、電気を消し、ベッドにもぐりこむ。
 薄暗い天井を見上げたときに、ふと今朝のことを思い出した。
(そういえば、あの人もクリスティの制服だったな。生徒だったりして)
 今朝会った、不思議な少年。
 綺麗な笑顔を思い出し、茉理は頬を赤らめた。
(何考えてんのよ、茉理! あんたは、お兄ちゃんひとすじでしょ!)
 自分に叫びながら、茉理は布団を頭まですっぽりかぶる。
(今日はお兄ちゃんの夢が見られますように---)
 念じながら瞼を閉じると、本格的な眠気が襲ってきた。
 何しろ今日は5時起きだったし。
 数分後、静かに寝息を立てながら、茉理は眠りの世界に旅立っていった。



第一巻<1> / TB(-) / CM(-) /

[ <2>−1 ]
2007/07/07(Sat) 11:04:07
 茉理が学園に入ってから、一週間が過ぎた。
 キーンコーンカーンコーン。
「終わったあ」
「昼だ、昼」
 チャイムの音と共に、皆、騒がしくなる。
「茉理っ、おべんと食べよ」
 奈々が、弁当箱を提げて、やってくる。
 茉理はうなずくと、かばんから昼食を引っ張り出した。
 奈々とはすっかり仲良くなって、休み時間もいつも一緒。
 お互い、苗字じゃなくて、名前で呼び合う仲になっていた。
「あれ? 祥子じゃん?」
 廊下を歩きながら、奈々が声をあげる。
 目の前の、小柄な後姿に向かって、奈々は突進していった。
「しょうこ、久しぶりっ」
 振り向いた祥子は、嬉しそうに奈々に飛びついた。
「奈々っ、会いたかったわ」
 二人はきゃっきゃっと笑いながら、再開を喜び合っている。
(ちょっと、うらやましいかも)
 二人を見ながら、茉理は思った。



第一巻<2> / TB(-) / CM(-) /

[ <2>−2 ]
2007/07/07(Sat) 11:05:37
 このクリスティ学園は、小・中・高・大学・大学院までストレートの一貫教育。
 小学校の時に入学して、そのまま上がっていくから、どうしても同じ学年の子たちとは、顔見知りになっていくのだ。
 クラスは5つ、A〜Eまで。
 毎年クラス替えはあるのだから、6年も一緒にいれば、おのずと顔見知りになるのもうなずける。
 一クラス、20人前後が基準なのにも驚いた。
 前、行ってた小学校は、30〜40人くらいはいたのだから。
(私立だからかな?)
 最初はなんとなく、いつもより教室が広々と感じたが、一週間もたてば慣れてきた。
 でもちょっとしたこと---廊下で出会って挨拶する知り合いが、そんなにいない、とか---があると、途中入学してきた自分が、ちょっぴり淋しくなってしまう。
(めげないめげない! ここには、お兄ちゃんがいるんだもん)
 自分を励ましつつ、茉理は二人の方に近付いていった。



第一巻<2> / TB(-) / CM(-) /

[ <2>−3 ]
2007/07/07(Sat) 11:06:55
「でねー、うちの担任、すっごくうるさくてさ」
 3人は屋上で、お弁当を広げていた。
 ここが一番気持ちいいよ、と教えてくれたのは奈々で、それから茉理たちのランチ・タイムは、毎日屋上になっている。
 今日は祥子も一緒で、奈々ははしゃいでいた。
 6年生のとき、クラスが一緒で、仲良しだったんだと、紹介しながら茉理に教えてくれた。
 茉理も紹介されたが---当然、驚いた顔で名前を聞き返され、そのあとには笑われて、茉理はため息をつきながら、お弁当をつっついた。
 知り合いが出来るのは嬉しいが、毎回こうだから嫌になる。
 祥子は、奈々と同じく、明るくて、やさしそうな女の子だった。
 ただ奈々がはつらつとして、元気そうなのに比べ、少々おとなしめで、女の子らしい雰囲気を持っている。
「そういえば、もう聞いた?」
 祥子が、声を低めてささやいた。
「E組の遠野君、もう生徒会から、お声がかかったんですって」
「やっぱりね」
 奈々はうなずく。


第一巻<2> / TB(-) / CM(-) /

[ <2>−4 ]
2007/07/07(Sat) 11:08:06
「生徒会?」
 首をかしげる茉理に、祥子が説明してくれた。
「ほら、ここの生徒会。名門魔族クリスティ家の方たちが、されてるでしょ? 遠野君は、クリスティの一族だから、すぐにもお呼びがかかるのよ」
「は?」
 茉理の箸が、一瞬止まった。
 今、何て言ったの? 魔族? クリスティ?
「ごめん。さっぱりわからない」
 困った顔の茉理に、奈々は笑った。
「まだ入ったばかりだから、戸惑うのも無理ないわよね。そのうち慣れるって」
「そうよ。だって、最近来たってことは、ようやく自分が魔族の子孫だったってことに気付いたんでしょ? この学校、先祖が魔族しか受け付けないものね」
 祥子のやさしい声に、茉理はガタッと箸を落とした。
「何それっ、魔族って、何のこと?」
「知らないの?」
 二人は、目をまん丸にして、茉理にせまる。
「知らないっ、そもそも何の冗談? 魔族なんて、お話とか、マンガに出てくる架空の存在で、ほんとの世界にいるわけないじゃん!」


第一巻<2> / TB(-) / CM(-) /

[ <2>−5 ]
2007/07/07(Sat) 11:08:53
 茉理の叫びが、ショックだったらしい。
 二人は顔を見合わせ、どうしてよいかわからない、という表情を浮かべた。
「祥子、どうする?」
「先生に話した方がいいわね。知らないってのはいけないわ」
「まさか本当に魔族じゃない、普通の人だったりして」
「学校の方針、変えたのかしらね」
 憂い顔の二人を見ながら、茉理は完全にパニックに陥っていた。
 何なの? この学校・・・。
 悪い冗談かと思ったが、どうにも二人は真剣そのものだ。
 先生に話す、話さないでもめてるし。
(わたし---もしかして、とんでもないとこに来ちゃったのかな。助けて、お兄ちゃん)
 心の中で、あこがれの人にS・O・Sを叫びながら、茉理のランチ・タイムは過ぎていった。


第一巻<2> / TB(-) / CM(-) /

[ <2>−6 ]
2007/07/07(Sat) 11:09:47
 放課後。
 結局、しばらく様子をみようということで、一致した奈々と祥子は、茉理を図書室に連れてきた。
「じゃ、簡単に説明するね」
 奈々が、こほん、と咳払いをしながら言った。
「えーと、茉理は、『魔女狩り』って知ってるよね」
「西洋の昔の歴史に、出てくるあれ? なんとなく聞いたことあるけど」
 首をひねりながら、茉理は答える。
 何しろ世界史なんて習ったことないし、よく見るアニメや小説の中で題材に取り上げられてることしか知らないが。
「そう。昔、ヨーロッパで、魔女狩りというのがあって、魔の力を持っている人たちが、みんな迫害されたのよ」
「それでね、そのとき優秀な力を持った魔族たちは、新しい土地に逃れたの。ある一族はアメリカに、ある一族はインドに、ある一族は---」
「まさか、日本?」
 茉理の言葉に、祥子は大きくうなずいた。
「その一族が、クリスティという人なの。一族で日本に来て、ここで日本人と一緒に暮らすことにしたのよ」
 彼女は、辞典を引っ張り出すと、茉理にみせた。
「ほら、この絵。この人が、最初の一族の長---アルツール・クリスティよ」
 茉理は、半信半疑ながら絵を覗き込んだ。
 そこにはいかにも古そうな紙に描かれた老人が、鍵と書物を持って、しかめ面をしている。



第一巻<2> / TB(-) / CM(-) /

[ <2>−7 ]
2007/07/07(Sat) 11:11:05
「元々、人間の中には、魔の力は存在するわ。でもその能力を開花させることが出来る者は、限られているの」
「じゃ、人類全員が魔族ってこと!?」
「そういうことになるわね」
 重々しく、祥子はうなずいた。
「でもほとんどの人は、わずか3パーセントしか自分の能力を使うことが出来ないの。言い換えれば、3パーセントぐらいの能力で生きている人が、普通の人間。でもこれが30パーセント以上になってくると、かなり高い魔力を使うことが出来るようになるわ。そう出来る人間を魔族というのよ。わかった?」
「わかったような、わからないような」
 茉理は、頭をかかえた。
 悪い夢でも見ているようだ。
 何より、こんなとこで真剣に自分に魔族とはなんたるかを説くクラスメイトと、真剣にその話を聞いている自分が、一番怖い!
「この学校はね、クリスティの子孫、伊集院家が創設した学院で、魔族の子孫たちを正しく教育し、自分の力を高め、将来に役立てるようにする所なの。もちろん普通の学校と変わらないけどね、ほとんど」
「何言ってるの、奈々。わたしたち、普通の学校って、行ったことないじゃない」
 くすくす笑う祥子に、あ、そうか、と頭に手をやり、舌を出す奈々。
 二人に囲まれ、茉理はどうしたものやら、途方にくれるばかりだった。



第一巻<2> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−1 ]
2007/07/07(Sat) 11:12:38
 二人から、魔族うんぬんの説明を聞いて、3日がたった。
(別に普通じゃない)
 今日も登校しながら、茉理は肩をすくめる。
 最初は驚き、途方にくれ、これから自分はどうなるのかと、緊張して寝付けなかったが。
 その後、特に変わったことは起こらなかった。
 普通の授業、普通の先生、普通の生徒たち。
 どこをどう探っても、魔法という言葉にそぐわない、まったく現実的な日常だった。
 短気な数学の教師によるチョーク飛ばしも、ちゃんと指をつかってやってるし。
 水道の蛇口がはずれ、大量の水が吹き出てきても、別に故障してただけだったりして。
 茉理は最新の注意を払い、魔族だというクラスメイトや学校の中に気をつけていた。
 でも予想に反し、何もなかったので、かえって開き直ってしまった。
(もういいや。なんか普通だし)
 二人が真剣に言うとおり、人は不思議な力があるのかもしれない。
 でも別に、日常に現れなければ、どうってことないものだ。
(気にすることないよ。普通、普通)
 茉理は、魔族のことは、頭の片隅にしまいこみ、まあ、そういう話もあるかもね、ぐらいの認識に留めておいた。
 緊張も徐々にほぐれ、校内も少しずつわかるようになってきた。
 それに----。


第一巻<3> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−2 ]
2007/07/07(Sat) 11:13:29
(わたしには、もっと考えないといけないことがあるじゃない)
 休み時間、茉理は校舎をうろついた。
 特に2年生の教室がある階は、毎日行ってみた。
(・・・お兄ちゃん)
 時々、それらしい男子先輩にすれ違うこともある。
 でもさりげなく名札を見ると、名前が違った。
 4月の終わり頃には、茉理はぐったりしていた。
 いくら探しても、初恋の人はいない。
 影も形もなかった。
(お兄ちゃん---どうして?)
 放課後、こっそり2年生の教室に忍び込み、壁に貼ってある当番表や名前の書いてありそうなものを探してみたりした。
 でも水沢 明人の名前は、どこにもなかった。

第一巻<3> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−3 ]
2007/07/07(Sat) 11:14:33
「ねえ、茉理。今日はバスケ部、行ってみない?」
 授業終了のチャイムのあと、奈々が誘ってくれた。
「まだ部活、決まってないんでしょ? 行こうよ」
「え・・・うん」
 茉理は、よいしょっとかばんを持つと、立ち上がった。
 もうすぐ5月になろうというのに、茉理はまだクラブを決めていなかった。
 もちろん強制ではないのだが、たいていの子はクラブ活動をしている。
 体育館に連れ立っていくと、彼女たちの他にも見学者がいた。
「きゃーっ、雅人様よ」
「かっこいい、雅人様―、がんばって」
 女生徒たちが固まって、男子バスケ部の練習試合を見ている。
「随分にぎやかね」
 きょろきょろする茉理とは反対に、奈々はテンションがあがっていた。
「やだ、ついてるー。今日は雅人様が出られてるのね。やったあ」
 彼女はすぐに集団に突進していき、前列に割り込み、目をハートにしながら、黄色い声をあげた。
「雅人様っ、がんばってーっ」
 出遅れた茉理は、集団の後ろで途方にくれてしまう。
(何? そんなに人気がある人がいるんだ)



第一巻<3> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−4 ]
2007/07/07(Sat) 11:15:32
 ためいきをつき、彼女は男子バスケ部から目を離した。
(えーと、女子バスケ部は・・・と)
 でも、どこにも女子バスケ部の姿はない。
(おかしいな、今日、クラブ、休みなのかな)
 首をかしげながら、彼女は体育館に入ってきた体操服の女子に聞いた。
「あの、すみません、女子バスケ部はどこですか?」
「女バス? なら、そこにいるじゃない」
 体操服の女子は、男子バスケに声援を張り上げてる集団の中から、体操服を着ている生徒たちを指差した。
「今日は雅人様が出られてるから、みんなクラブどころじゃないわよ」
そう言って、行こうとした彼女を、茉理は引き止めた。
「あの、その、雅人様って、誰ですか?」
 体操服の女子は、目をまん丸にして、茉理をまじまじと見た。
「あんた、1年? 雅人様を知らないの!?」
「はい。わたし、転校生なんです」
「伊集院 雅人様。中等部生徒会副会長にして、学園の理事を務める伊集院家の一員よ」
 なにやらすごい肩書きを並べられ、茉理は一瞬混乱した。
 じゃ、わたしも行くから、と体操服の女子は、さっと取り巻き応援の中に入っていく。


第一巻<3> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−5 ]
2007/07/07(Sat) 11:19:03
「伊集院 雅人って・・・」
 茉理のつぶやきに、後ろから軽く笑う声がした。
「へえ、この学校に、僕のことを知らないレディがいるなんて光栄だね」
 彼女は、驚いて振り向く。
 そこには、学生とは言いがたい派手な容貌の男子がいた。
 髪は赤ががった金髪で、瞳は緑。
 驚くほど彫りの深い端整な顔は、長い髪で縁取られ、ぱっと人を引き付けずにはおかない---まるで芸能人か何かのような---雰囲気を漂わせていた。
(うっわーっ、派手な先輩)
 茉理は、心の中で見とれてしまう。
(あの髪、染めてるのかなあ。よくやるわね)
 けっこうクリスティ学園は風紀に厳しい。
 なのに堂々とキンキラ頭でいるなんて、相当勇気のいることだ。
 立ち居振る舞いも、どこかの王族を思わせる優雅な動きで、立ってるだけで絵になる、とはまさにこのことだろう。



第一巻<3> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−6 ]
2007/07/07(Sat) 11:19:53
 あっけに取られている茉理を、雅人はおもしろそうに見下ろした。
「見かけないレディだね。そういえば今年の1年に外部からの転校生がいるとか聞いたけど、君のことかな」
いつの間に取り出したのか、右手に真っ赤なバラの花。
 雅人は華麗に微笑むと、気取らない自然なしぐさで、花を茉理に差し出した。
「僕は3年C組 伊集院 雅人。生徒会副会長を務めている。よろしく、レディ」
「・・・・・・」
 茉理は、あまりのシチュエイションに、言葉も出なかった。
 レディと呼ばれたのも、バラの花なんか渡されたのも初めてだ。
 現実離れした出来事についていけてない彼女に、雅人は笑むと、視線をあげる。
「あ、そろそろ試合、終わるね」
 茉理の、ぼけっとしていた頭がひらめいた。
 ちょっと待って! この先輩が雅人なら---あそこで、みんなが声援を送ってるのは、誰?


第一巻<3> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−7 ]
2007/07/07(Sat) 11:20:38
 茉理の顔色を察し、目の前の雅人は片目をつぶってみせた。
「僕と会ったことは、内緒だよ。じゃ」
「はあ・・・って、あの、ちょっとっ」
 派手な雅人先輩は、片手を上げると、体育館から去っていく。
 後姿を見送って、茉理は踵を返し、声援集団の中に割り込んだ。
「ちょっとっ、ごめんなさいっ」
 確かめねば---あせる思いで、人をかきわけ、一番前に出る。
(嘘・・・同じ人!)
 そこには、さっき会ったばかりの雅人と同じ顔の男子生徒がいた。
 コートを颯爽と走りながら、かっこよくダンクシュートを決める。
「きゃーっ、すてきっ」
「もう最高っ、雅人様―っ」
(どういうこと? 雅人先輩って二人いるわけ?)
 茉理は、わけがわからず、混乱した。
 手のひらが汗ばんで、思わずぎゅっとこぶしを握る。
(あ・・・折れちゃった)
 とげの痛みで気がつくと、さっきもらったバラの花の茎が、見事につぶれて、折れていた。


第一巻<3> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−8 ]
2007/07/07(Sat) 11:21:45
 体育館の横には、小さな水道があった。
「ふー、走った走った。今日も大活躍ってね」
 まわりに群がる女生徒たちの視線に平行しながら、試合が終わった雅人は水を飲む。
「雅人様っ」
「きゃあ、雅人様がお水を飲んでる!」
「あの水道、あとで使わなきゃ」
 後ろで遠巻きに、きゃっきゃっと騒ぐ黄色い声を、雅人はあきれて聞いていた。
(物好きだよなあ。こんなの、どこがいいんだか)
 動物園のさるにでもなったような気分で、彼はため息をつき、校舎に向かっていった。
「ごめん、着替えるから、またね」
 ついてくる取り巻きたちに軽く手を上げると、彼は校舎に駆け込んでいく。
 きゃーっと女子の声がやかましく響いたが、彼は無視して、さっさと男子トイレに入った。
(ふう、疲れるなあ)
 額に流れる汗をぬぐうと、すぐ横で軽い笑い声がする。
「お疲れ様、ものすごい人気だね、雅人様」
 彼は顔をしかめ、声の主を見た。
 そこには今の自分とそっくりな先輩が、バラの花片手ににこにこしている。
「あのねー、雅人先輩。俺、もうやなんですけど」
 彼は思いっきり不満げに、先輩をにらんだ。



第一巻<3> / TB(-) / CM(-) /

[ <3>−9 ]
2007/07/07(Sat) 11:22:50
「なーにーがーっ、変身魔法の修行ですかあっっ! 先輩が運動オンチ隠すための影武者でしょうーがっ、まったくもう」
 ぶつぶつ言いながら、上目遣いににらむ後輩に、雅人は苦笑した。
「違うよ、英司君。これは僕のためじゃない。僕の華麗なる容姿に、夢とあこがれを抱いている全国の女生徒たちのためなんだよ。考えてもみたまえ。プリンスのごとき美貌、頭脳明晰なこの僕が、スポーツが苦手だとわかったら、レディたちの期待を裏切ってしまうからね」
(よく言うよ)
 納得いかないが、何を言ってもしょうがないことはわかっている。
 ためいきをつき、英司はパチンと右手の指をはじいた。
 すると自分の体が空間に溶け込むようにゆがむ。
 金髪、端整な顔立ちが消え、明るい茶色の髪と瞳が現れた。
「あららー、元に戻ったの?」
「狭いトイレで、同じ顔が二つもあったら、やじゃないですか」
ふう、と息を整え、英司はつぶやいた。