きつねこぶたの創作部屋

きつねこぶたの創作小説ブログです。ただいま<私立クリスティ 学園シリーズ>を連載しています。
[ <14>−9 ]
2007/10/01(Mon) 09:38:58
 帰りにまたやってきた、黒塗り高級車に揺られながら、茉理の心は怒りに満ちていた。
(伝統だか、一族の習慣だか知らないけど、許せない!)
 こんな馬鹿馬鹿しいイベントってない。
 女の子の気持ちを弄び、踏みにじる行為は、絶対に許せなかった。
(どんなことしても、参加なんかしない! わたしが円城寺先輩の気持ちを会長にぶつけてやるわ)
 あのあと美奈子はえんえんと、いかに自分が帝のために努力してきたか、帝がどんなに自分にやさしく接してくれたかを語り聞かせ、もらったプレゼント、写真、手紙のたぐいをこまごま見せてくれた。
 最後は涙ぐみ、どうしても帝を譲れないから、イベントでは容赦しない、正々堂々戦うわ! と叫ばれて。
(まったくひどいわ。何、あの仲良く写った写真! 気合の入ったラブ・レター! あんなもの、義務で書いて出したっていうの? 冗談じゃないわ)
 そんなことされて、女の子が喜ぶと思っているのか。
 馬鹿にするにもほどがある。
(本気で好きでもない相手に、そんなことするなんて最低よ)
 茉理は腕を組み、家への道すがら、明日どうやって帝に言ってやろうかと、そればかりを考えていた。


第一巻<14> / TB(-) / CM(-) /

[ <15>−1 ]
2007/10/02(Tue) 10:03:54
 16日の月曜日。
 気合を入れて登校した茉理は、すぐさま職員室に行った。
「失礼します」
 白い木箱に向かうと、かばんから、大きい茶封筒を引っ張り出す。
 中身は、全部メモ用紙だった。
 一体何枚あるのか本人にも定かではないが---とにかく大量のメモを、彼女は木箱いっぱいに押し込む。
「これでよしっと」
 先生が、あきれた顔で見守る中、意気揚々と茉理は職員室を出て行った。


「朝っぱらから、厄介ごと発生ってね」
 雅人は生徒会室、会長の机に、うず高く積まれたメモを見て、くすくす笑った。
「何がおかしい」
「いや、だってさあ、久しぶりに朝、君が生徒会打ち合わせにやってきた日に限って、これだもん。ほんと、彼女ってタイミングよ過ぎだね」
 帝は憮然として、メモ用紙を睨んだ。
「貴様のせいだぞ」
「おや、僕は何にもしてないよ」
 しれっと薔薇を手に、雅人は言った。
「しらばってくれるな! お前があの女をエントリーなんかするから、こんなことになるんだぞ。先週は最悪だ。美奈子には泣きつかれるし、付きまとわれるし---うっとおしいことこのうえない。今日は今日で、この有様。さっさとあの女のエントリーを取り消せ!」
「いやだね。こんな面白いこと、めったにないし。逃しちゃつまらないでしょ」
「雅人! いつも冗談が通じると思ってるのか。いい加減にしろ」
 激昂する帝を、まあまあ、と雅人はなだめた。



第一巻<15> / TB(-) / CM(-) /

[ <15>−2 ]
2007/10/03(Wed) 09:17:28
「何興奮してんだか。彼女が嫌なら、去年の美奈子姫で、決めちゃえばいいじゃない」
「それは---」
「可愛いし、君のこと、一途に思ってくれている。魔力も成績も悪くない。一応クリスティの傍系に当たる家の出だし、文句のつけようがない彼女じゃん」
「お前、もしかして俺への嫌がらせか」
 帝が、ぎろりと雅人を睨んだ。
「美奈子で決めてしまえと言うのか? そのためにあの女を」
「それは帝の大誤解。僕はちゃんと考えてスカウトしてるんだよ。君のためにね」
「……」
「わかってるくせに。帝、君には彼女が必要だ。後野 茉理がね」
「そんなことは」
「ない、と言い切れないだろう? 本当の君は」
 ずばりとつかれ、帝の眉間が少し寄る。
「本当はないぞ、そんなもの、と言いたいんだろうけどね。あーあ、君もつくづく気の毒に。本心がわからないなんて、苦しいものだ」
 帝は、黙ってメモ用紙に目をやった。


『生徒会長 伊集院帝様
 お話したいことがあります。4時間目が終わったら、屋上に来てください。
 もし来なかったら、思いを踏みにじられた女の子の呪いが、あなたに降りかかります。
 後野 茉理』




第一巻<15> / TB(-) / CM(-) /

[ <15>−3 ]
2007/10/04(Thu) 09:53:02
「しかし、彼女もやるな」
 直樹は帝の机に寄ると、メモ用紙を一枚取り上げる。
「これ全部書くのに、どれだけかかったんだろう」
「生徒会専用投書箱、いっぱいでしたもんね」
 英司も、ためいき交じりに言った。
「これは行かないと、本当に呪われるぞ、帝」
 黒眼鏡が、きらりと光る。
「女と食い物の恨みは恐ろしいからな。その辺の攻撃魔法より手ごわいだろう」
「そうなんですか?」
「英司君、そこで素朴につっこまないように」
 雅人は英司に、にっこり笑った。
「どうする、帝。付き添いに英司君をつけようか」
「いらん! 俺を誰だと思ってる」
「そう、残念だったね、英司君。君、振られちゃったよ」
「いや、その方が嬉しいっす」
「どうしてだい。ちゃんとついていかないと、きびだんご、もらえないぞ」
「いりませんっ! てかなんですか、そのきびだんごって」
「あれ、知らないの? 英司君。この国の由緒正しき伝承で――可愛い犬君が、いたいけな少年をナンパするんだ。甘えた声で、つきあってあげるからきびだんごを頂戴ねって」
「そんな話は知りません! 大体俺が犬なら、先輩はなんです、雉ですか?」
「お、いいねえ」
「俺はさしずめ猿ってとこか」
 重々しく話をあわせる直樹に、英司は叫ぶ。
「猿でいいんですか! 直樹先輩。猿ですよ!」
「猿は動物の中でも、人間に近く、かなりの知能がある。犬や雉よりは人間扱いされるだろう。文句なくO・Kだ」
(もう嫌だ、こんな人たち)
 絶句する英司に、先輩たちは、にっと大人の笑みを漏らした。


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[ <15>−4 ]
2007/10/05(Fri) 14:36:03
 ダンッ。
 完全に顔色の変わった帝が、こぶしで机を叩く。
 その余波で、メモ用紙がはらはらと飛んだ。
「英司、そのごみを始末しておけ!」
「あ、はい」
「直樹、イベントコースをいくつか見積もっておけ。それから」
 きっと帝は、雅人を睨む。
「雅人、お前が俺の代わりに、あいつに会って、用件を聞いて来い!」
「おや、これは意外な展開だね」
「もともとあいつを引っ張り込んだのは、お前だろう。自分で火をつけといて、今更何を言う」
「これは心外だな。元はといえば、原因は君なのに」
 すねた口調でつぶやく雅人に、帝は飛びかかり、胸倉を掴んだ。
「わっ、タンマ、暴力反対!」
「これ以上、俺を怒らすな!」
 凄みをきかせてじっと睨むと、雅人はためいきをつき、両手をあげた。
「はいはい、降参。わかりましたよ」
 でも僕じゃ、用件は言わないと思うけどね、と雅人は、帝の耳にささやいた。
「かまわん」
 聞きたくもない、と叫び、帝は雅人を離す。
「俺は、午後忙しい。適当に処理しておけ」
「いってらっしゃい」
 雅人の憎らしくも優雅な笑顔に、帝はこぶしを壁に一発叩きつけ、生徒会室を出て行った。


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[ <15>−5 ]
2007/10/06(Sat) 09:30:42
 茉理は四時間目が終わると、すぐ屋上に走っていった。
 まだ彼の姿はなく、少しほっとする。
 そのまま倉庫の壁にもたれて、青い空を見上げた。
(来るかしら)
 言ってやりたいことは、たくさんある。
 どこまで言わせてくれるかが、問題だが---。
(いいもん。また暴力とか魔法攻撃とかで中断させたら、こっちにも考えがあるからね)
 茉理は、かばんを胸にぎゅっと抱きしめた。
 彼女の最大の武器は、この中に入っている。
 待つことしばし、屋上の扉がギイッと開いた。
「待たせたな」
 憮然とした顔で、帝がやってきた。




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[ <15>−6 ]
2007/10/07(Sun) 14:37:34
 双方にらみ合うこと、数分。
(なんか、変……)
 茉理は、首をかしげた。
 確かに、目の前の人間は帝だ。
 両手をズボンのポケットにつっこみ、えらそうに立っている。
 黒髪も黒い瞳も同じだ。
 だが――。
(なんかこう、違うのよね。雰囲気っていうか、なんていうか)
 茉理は、戸惑った。
 このぬぐえない違和感はなんだろう?
 目の前の彼は、まさしく本人のごとく、高圧的な態度でいるというのに。
「用件を言え。俺は忙しい」
「あの、確認しますけど」
 茉理は、恐る恐る聞いた。
「あなた、会長ですよね。伊集院 帝先輩」
「……」
 目の前の帝は、顔をゆがめた。
「お前は馬鹿か?」
「え?」
「この俺、本人に向かって、伊集院 帝か、とは、どういう質問だ! お前の目は、突然おかしくなったのか? 俺以外に、伊集院 帝がいるとでも言うのか」
(そうよね、わたしの思い違いか)
 口を開いて怒鳴る彼は、まさしくあの帝そのものだ。



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[ <15>−7 ]
2007/10/08(Mon) 10:03:40
「用件がそれだけなら、俺は帰るぞ、馬鹿馬鹿しい」
 踵を返す帝に、あわてて茉理は声をあげた。
「待ってよ。いくらわたしが馬鹿そうに見えても、これだけのことで、あなたを呼び出すわけないでしょう」
「じゃ、なんだ」
 振り向き、睨む帝に、負け時と茉理は対峙した。
「イベントのことよ。わたしをエントリーしたんですって? あなたの彼女候補として」
「そのようだな」
「冗談でしょ、伊集院先輩、何考えてるんですか」
 茉理は、こぶしを握り締め、震わせながら叫んだ。
「こないだまで、わたしのこと、散々嫌って嫌がらせしてたのに、どういうつもりよ。それともこれも、新手の嫌がらせ?」
「……」
「そうなのね、わたしを勝てない勝負に引っ張り出し、いたぶって楽しもうって魂胆でしょ」
 茉理の顔が、怒りで燃え上がる。
「わたし、絶対に出ませんから。イベント参加は、お断りします」
「逃げるのか」
「そっちが勝手にに決めたことに、わたしがなんでつきあわなきゃいけないのよ――って、あれ?」
 答えながら、茉理は奇妙な感覚に捕らわれた。
(似たような質問に、似たような返事をしたような気がする――誰にだっけ)



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[ <15>−8 ]
2007/10/09(Tue) 09:18:32
 一瞬、言葉に詰まった茉理に、帝は静かに言った。
「一つ、言っておく。このイベントの候補者は、俺が決めるわけじゃない。俺にはその権利がない」
「……」
「分家の代表が推薦した女と、俺が去年まで可愛がっていた奴とで、今年の女を決める。決められた奴と、俺は付き合う。一年だけだが、本気でな」
「何よ、それ。おかしいじゃない」
「それが俺の義務だからだ。事情を知らない奴に、どうのこうの言われる筋合いはない」
「じゃ、何? もし選ばれた子が、先輩の一番大嫌いな子だったとしたら? それでもつきあうの?」
「ああ。一年の間、どんな奴だろうが、決まった女は俺の女だ。彼女として、俺もきちんと対応する。一緒に帰ってやり、時々は二人で遊びに行き、手紙やTELもな。本気で好きだという万全の対応をしてやる」
「それ、本気なの?」
「ああ、今年で2回目だな。去年はうまくやったつもりだ。美奈子は満足していただろう」
 新たな怒りが、茉理の身のうちから燃え上がった。
(この人って――)
「もしお前が選ばれたら、俺はなんでもお前の言うことを聞いてやるぜ。俺の好きな女だからな」



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[ <15>−9 ]
2007/10/10(Wed) 10:44:09
 もう我慢出来ない!
 茉理は鞄を開け、中に入っていた手紙の束を取り出した。
「これ、なんだかわかる?」
「?」
「先輩が、去年一年、円城寺先輩に書いて出した手紙よ! 自分で読み返してみたら? どれだけすごいこと、書いてたか」
「……」
「伝統とか義務とか習慣とか、そんなので好きになんてなれるわけないじゃない。本当に本気で探さなきゃ、運命の人なんて見つからないわよ」
 帝の目が、すっと細められる。
「先輩はそれでいいわけ? 好きでもない女の子に好きだって言って、一年そういう振りするの、嫌じゃないの?」
「俺の好悪の問題じゃない。義務だといってるだろう」
「ますます最低! それで先輩が良いっていうんだったら、あなたは世界で一番最悪の男だわ」
「何?」
「義務で、習慣で、期限付きで、そんなので好きだって言われて、女の子が喜ぶと思う? わたしだったら絶対に嫌! 本気じゃない言葉なんか、気持ちなんか、もらったって嬉しくなんかないよ。悲しいだけなんだから……」
 いつの間にか茉理の目から、熱いものが流れていた。
「円城寺先輩、本気であなたのこと、好きだったんだよ。あなたに喜んでもらえる女の子になろうって、毎日必死に努力して――あなたにつりあう女の子になるために、どれだけがんばってたかわかる? 一年の間、一生懸命だったんだよ。そんな円城寺先輩に、何度も好きだって言ってたんでしょ。可愛いって、俺の理想の彼女だって」
「……」




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[ <15>−10 ]
2007/10/11(Thu) 09:46:18
 帝は無言で、茉理の傍に寄った。
 そっと指で、濡れた瞼にふれ、しぐさだけやさしく涙をぬぐう。
「なんで、そんなことするの。だから最低っていうのよ!」
 茉理は激昂し、帝を突き飛ばした。
「期限が切れたら、態度を変えちゃって、もういらない、なんてひどいよ。円城寺先輩を、その気にさせた責任取りなさいよ。きちんとお付き合いしてあげて、お願い!」
「それは出来ない」
 苦しげに、彼はつぶやいた。
「あいつは、俺の相手ではない。その気になれない奴と、一緒にはなれない」
「じゃ、せめて、この馬鹿馬鹿しいイベント、やめてください。先輩の将来を、こんなので決めちゃっていいわけ?」
「それも出来ない」
 茉理から目をそらし、帝は返事した。
「ひどい……会長って、そんなひどい人だったんだ。魔力は人一倍あるくせに、いくじなし! 最低! あなたなんか、だいっ嫌い!」
「……」
「言っときますけど、わたし、絶対参加しないし、あなたの女になんかならないからね! だってわたしには、もう好きな人がいるんだから!」
 帝の顔が、変わった。
 まじまじと茉理を見つめる。
「じゃ、お話はそれだけです。失礼しましたっ」
 叫ぶと、だっと茉理は階段に駆けていった。
 そのまま一気に駆け下りる。
 悔し涙が、あふれて止まらない。
(やだよ、本当にもう……)
 どうして、あんな我侭唯我独尊男のために、涙なんか流さなきゃならないんだろう。
(最低……わたし……)
 茉理は一番下まで駆け下りて、手すりにもたれ、しばらく動けなかった。




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[ <15>−11 ]
2007/10/12(Fri) 09:42:12
(やれやれ、参ったね)
 屋上に一人佇み、帝は空を仰いでいた。
 やわらかな春の午後にふさわしい、五月晴れの空。
 いつもの彼にまったくふさわしくないしぐさで、帝は薔薇を取り出した。
 そっと口元に当て、香りを吸い込む。
 薔薇は彼にとって、一種の精神安定剤のようなものであった。
(いや、どうしよう。あんな子だったなんて)
 帝の顔は、完全に困惑していた。
 もしクラスメイトが見たら、驚いて眼科に直行するだろう。
 薔薇を片手に物思いにふける生徒会会長の姿に――。
 彼の脳裏に、さきほど涙を見せた少女が浮かぶ。
(思ったよりやさしい子なんだな。ああっ、どうすればいいんだ!)
 ため息をつき、先ほど彼女の涙をぬぐった指に唇をよせた。
 まだわずかながら、湿り気がある。
(暖かい涙だったよな――あんなの見せられちゃ)
 ふっと唇が、優雅に微笑む。
「僕が欲しくなっちゃうじゃないか……君を」




第一巻<15> / TB(-) / CM(-) /

[ <16>−1 ]
2007/10/13(Sat) 09:16:59
 茉理がエントリーされたことは、瞬く間に学園中に広まった。
 ただでさえ、いろいろ目を付けられていたというのに――今や学園中で、茉理の名を知らない生徒はいないぐらいの有名人になってしまう。
(どうして、どうしてこうなっちゃうの!)
 茉理は、毎朝起きるたびにためいきが出た。
 学校に行きたくないという思いが渦巻く。
 それというのも――。
「茉理っ、こないだはごめんね」
「え? 奈々?」
 あきれるほどすばやく、奈々が態度を変えてきたのだ。
 前よりも馴れ馴れしく、腕なんか組んじゃって、彼女に引っ付く。
「わたし、とっても怖くて――だからつい、茉理のこと、遠ざけちゃったけど、本当にごめん。許してね」
「……」
「ね、茉理、わたしたち、親友だよね、そうだよね」
 鼻にかかった甘い声でささやかれ、茉理はどうしたものか戸惑った。
(わたしが、帝先輩の彼女になるかもしれないから……)



第一巻<16> / TB(-) / CM(-) /

[ <16>−2 ]
2007/10/14(Sun) 08:05:53
 奈々の豹変した態度は、あきらかにエントリーのせいだ。
 もしこんなことにならなかったら、彼女は今でも自分を嫌っていることだろう。
 そう思ったら、とても悲しくなった。
(それでも親友って言えるの?)
 誰でも自分に都合の良い者を、親友扱いすることぐらい、茉理だって知っている。
 でもそれは、本当の意味で親友ではない、ということも――。
「ごめん、ちょっと考えさせて」
 茉理は、奈々の腕をさりげなくはずし、そう言うしかなかった。
 奈々に限らず、今まで冷たい視線を送ってきたクラスメイト、先生など、あまりにも接する態度が違うことに、茉理は心痛くてしょうがない。
 以前とは違った意味で、彼女は一人になるたがるようになった。
(もう、誰を信じたらいいの)
 昼休み、お弁当を抱えて、誰も来ない場所を探す。
「そうだ」
 思わず声をあげながら、茉理は駆け出した。
(あそこにしよう)


第一巻<16> / TB(-) / CM(-) /

[ <16>−3 ]
2007/10/15(Mon) 09:19:55
 体育館の隣にある、古風な建物――特館。
 赤レンガの洋館に、ところどころ蔦がからみ、不思議な雰囲気をかもし出していた。
 裏手に回ると、小さな庭とベンチが見える。
 なんでも由緒ある洋館を、取り壊すのはもったいないと、ここに移して特別教室にしたというのが、この建物の由来らしい。
(不思議な場所よね)
 茉理はそっと、特館の壁に触れてみた。
 古風で赴きのある香りがし、彼女は目を閉じる。
(あれ?)
 一瞬、目の前に何かが見えた。
(え……何?)
 それは俊足の速さで、彼女の脳裏を掠めて消えた。
(変なの。何かが一瞬、浮かんだんだけど)
 茉理は首を振ると、裏庭に入っていった。


第一巻<16> / TB(-) / CM(-) /

[ <16>−4 ]
2007/10/16(Tue) 12:39:03
 意外にも、そこは小さな庭園になっていた。
(なんか洋画に出てくるロマンチックな庭だわ)
 学校の隅にある館だから、裏なんて草ぼうぼうだと思っていたのに。
 整った花壇と、白いベンチ。
 白く塗られたアーチには、薔薇が美しく咲き誇っていた。
 ガラスばりの小さな温室まである。
 茉理は、しばらくこの和やかな光景を楽しんだ。
(今度は、紅茶でも持ってこようかな)
 そう思いながら、ベンチに腰掛ける。
 小鳥が数羽、近くの木に止まって啼いた。
『……おいで』
「え?」
『おいで……僕の側に』
 茉理は、突然頭に響いた声に驚いた。
 広げていた弁当箱が、ひざから落ちる。
 反射的に声のしたような気がする方――左を向き、彼女は絶句した。
(嘘、さっきまで誰もいなかったのに――どうして遠野君が!?)
 彼女の心の叫びに、手を伸ばして小鳥を受け止めていた遠野 斎は目を見開く。
『どうしてここに彼女が』
「……」
 茉理を見つめる彼の瞳は、驚きで揺れる。
 二人は互いに硬直し、しばらく見詰め合っていた。



第一巻<16> / TB(-) / CM(-) /

[ <16>−5 ]
2007/10/17(Wed) 09:34:59
「あの……遠野君」
 茉理は、おずおずと声をかけた。
「鳥、好きなの?」
 斎は、黙って彼女を凝視したままだ。
(あ、そうか。しゃべれないんだっけ)
 茉理は思い出し、彼に笑いかけた。
「ごめんね。気にしないで」
 白く、非健康的に見える肌。
 生気のない顔。
 でも瞳には、強い意志が見えていて――そのアンバランスさに、彼女は首をかしげた。
『どうしてここにいるんだ?』
 頭の中に、強い声が響く。
 唇を動かしていないのに、まるで目の前の彼が、しゃべった声のようだ。
 茉理は、思わず答えていた。
「あ、わたし、お昼を一人で食べようと思って。だって校舎は今、ほら、いろいろ面倒なことになってるし」
 斎の顔が、今度は驚愕に包まれた。
『もしかして、僕の思念が通じている!?』
「え? 思念って何?」
 茉理は首を傾けた。
 すると斎は、つっと彼女の前に歩み寄り、更にじっと見つめてきた。
『君は、僕の思っていることがわかるんだね』
「えーと……なんかわかんないけど、頭の中に声が響くっていうか――通じてるみたいだね、あはは」
 最後は笑うしかなくて、茉理は声をあげた。



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[ <16>−6 ]
2007/10/18(Thu) 10:57:55
『君は、すごい魔力を持ってるんだね』
「は? 魔力?」
 茉理は、きょとんとする。
「わたし、魔力なんてないんだけど」
『でも僕の思いを、読み取るじゃないか』
「て言われても、なんか自然にしゃべってるのと変わらないように、聞こえるんだよね。わたしにもわかんない」
 斎は微笑んだ。
『面白い人だね、僕の思念が感知出来る人なんて、初めてだよ』
「そうなの?」
『生まれたときに、呪いをかけられてしまってね。僕の存在というものに』
「?」
『ふふ……わからないだろうね。いいよ、そんなの君には関係ないし』
 寂しげに斎の声が響くと、茉理の中で何かがぎゅっと胸をしめつけた。
『お昼、まだだろ? 早く食べないと、5時間目始まるよ。じゃ』
 彼は踵を返し、庭から出て行く。
 その後ろ姿を見送りながら、茉理のお腹はむなしい音を立てた。




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[ <16>−7 ]
2007/10/19(Fri) 12:21:50
(ああっ、お昼、食べそこねちゃった)
 茉理は力なく、教室に戻った。
 結局ベンチに戻ったものの、弁当箱はひっくり返り、無残にも地面におかずが散らばっていた。
 あわてて掃除道具を探し出し、彼女は綺麗に片付ける。
 やっと終わったところで、授業開始のチャイムが鳴った。
(えーっ、そんなあ)
 茉理の嘆きに、時が止まってくれるはずもなく――購買でパンを買うひまもなく――とぼとぼ教室に戻るはめになったのだ。
 すきっ腹を抱えての、勉強はきつい。
 更に5、6時間とも、家庭科だというのが追い討ちだ。
「では栄養素について――」
 先生の声が、遠くに感じられる。
 目の前に置いた教科書には、野菜や果物、肉や魚の絵が描いてあって、いっそう空腹感をまねいてしまった。
(あ……ハンバーガーって、けっこうカロリーあるんだ。でも美味しそう)
 なんてことばかり思いながら、彼女は2時間をなんとか乗り切った。


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[ <16>−8 ]
2007/10/20(Sat) 10:32:30
 事件が起こったのは、放課後だった。
 クラブに所属していない茉理は、さっさと帰ろうと昇降口を出る。
 校門まであと一歩のところで――。
「!?」
 茉理の体が、突然宙に浮いたのだ。
「きゃあーっ、何よこれっ」
 彼女は声をあげ、まわりを見る。
 でもどこにも、あの生徒会長の存在はなかった。
(また遠隔操作かしら? 最近おとなしいから、油断してたわ)
 あれから――茉理の潔白を知ったせいなのか、帝は、ちょっかいを出して来なくなった。
 それどころか自分の彼女候補にまで、茉理をあげてしまっている。
 何も魔法攻撃はなかったので、安心していたうかつさを、茉理は唇をかみ締めながら感じていた。
 10メートルぐらい空中に上昇し、突然その力がふっと消えた。
「わあああーっ」
 茉理は勢いよく、地面に墜落する。
(ああっ、落ちるーっ)
 心の中で、そう叫んだそのとき――。
 ザシャアッ。
 突然、歩道から土が飛び出し、先端は砂となって、彼女の体を受け止める。
 気が付けば、茉理は砂の上に倒れていた。
 砂が彼女を受け止めて、衝撃から救ってくれたのだ。



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[ <16>−9 ]
2007/10/21(Sun) 09:11:43
「あいたた……何なの、一体」
 砂まみれになった体を起こす。
 通りがかりの生徒たちが、遠巻きに見ていた。
「おい、また帝様か?」
「まさか。だってあいつ、エントリーされてんだぜ」
「じゃ別口?」
「そんな馬鹿な。校内は、生徒会以外、魔術禁止だぜ」
 ひそひそささやく声を耳にし、茉理は震えた。
(また生徒会長なの? 何考えてんのよ!)
 自分に今こんないたずらをするなんて、彼以外考えられない。
 でも、だとしたらこの砂は――。
 起き上がり、砂を払って茉理は考える。
(どうみても、ここって砂場じゃないし、変よね)
 道は固いアスファルトで舗装されており、砂が出現するなんて絶対ありえない。
(やっぱり魔法? 誰かがわたしのこと、守ってくれたとか――まさかね)
 考えてもしょうがないと茉理は首を振り、そっと砂を一掴みすくい取った。
 小声で砂につぶやく。
「ありがと」
 そして砂を手のひらから落とすと、鞄を持ち、また歩き出した。



 アスファルトの両脇に、綺麗に植えられたいちょうの木。
 その影から、冷たい目線が注がれていた。
(どういうこと? どうしてあんな子を――)
 何事もなかったかのように通り過ぎる茉理を、じっと追いかける瞳。
 整えられた髪が風に翻り、木の幹からわずかに見える。
 険しい目をした美少女が一人、去っていく茉理を、いつまでも睨み続けていた。


第一巻<16> / TB(-) / CM(-) /