きつねこぶたの創作部屋

きつねこぶたの創作小説ブログです。ただいま<私立クリスティ 学園シリーズ>を連載しています。
[ <19>−17 ]
2007/12/01(Sat) 11:36:06
 耐え切れず、茉理の目から、熱いものが落ちた。
 スカートに、頬を伝わって雫が落ちる。
(まいったなあ、どうしよう)
 英司は戸惑いながら、彼女を見守った。
(俺、こういう女の子が泣くのとか、駄目なんだよな。えーい、雅人先輩なら、得意なんだろうけど)
 どうしてよいかわからず、英司がおろおろしていると、茉理は、ぐいっと涙をブラウスの袖で拭き、顔をあげる。
「すみません、突然」
「い、いや……その、大丈夫?」
 心配そうな英司に、茉理は、小さく微笑んだ。
「はい、本当に大丈夫ですから」
 そう言って、彼女は立ち上がる。
「わたし、これで失礼します」
「あ、うん。気をつけて」
 軽く一礼すると、茉理は、放送室を走り出て行った。




第一巻<19> / TB(-) / CM(-) /

[ <19>−18 ]
2007/12/02(Sun) 18:52:21
「あーあ、もったいない」
 笑いを含んだ声に、英司はゆっくりと振り返る。
「先輩、いつからそこに?」
 放送室のドアにもたれ、雅人が立っているのを見て、英司は、顔をしかめた。
(どうせ立ち聞きしてたんだろうよ、この人は)
「英司君、君は、レディの扱いがなってないね。ああいう時には、男らしく、レディを慰めるものだよ」
「もう! どうしろって言うんですか」
 ぶすっとした英司に、雅人は近寄ると、顎に指をかけ、上向かせる。
「泣かないで、レディ。君には、悲しい顔は似合わない。さあ、涙をふいて、僕に、笑顔をみせてくれたまえ――って、何、赤くなってんのかな、英司君」
「も、も、もういいですっ、実地練習はいりません!」
 整った顔で迫られ、さすがの英司も真っ赤になって、色気ある先輩を突き飛ばした。



第一巻<19> / TB(-) / CM(-) /

[ <19>−19 ]
2007/12/03(Mon) 12:34:18
 くすくす笑うと、雅人は、英司の頭に手を置き、くしゃっと髪をかき回す。
「本当に君は楽しいよ、英司君。でも今回は、よくやってくれたから、このくらいにしておこう」
 薔薇の花を弄びながら、雅人は微笑んだ。
「サンキュー。英司君」
 英司は、ふっと息を漏らす。
 なんであれ、重大な任務をまかさせ、果たすことが出来た気分は、悪くなかった。
「確かめたいことは確認できたし、生徒会室に戻ろうか」
「そうですね」
 英司は、うなずくと、あ、と小さく声をあげた。
「どうした? 英司君」
「いや、何でもないんですけど――」
 そう言いながら、彼は肩をすくめ、放送室を出る。
(彼女に、斎は大丈夫だって、言っとけばよかったな。ま、いいか)
 彼の状態は、すでに帝が遠野家に連絡を入れ、確認済みだ。
 どうせ明後日になれば、魔力が戻って、登校してくるだろう。
(登校してきたら、斎も、彼女に連絡するだろうしね)
 わざわざ追いかけてって、伝えることでもないか。
 英司は、そう思い直すと、先を行く雅人の背中について、特館に向かった。




第一巻<19> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−1 ]
2007/12/04(Tue) 09:33:58
 しとしと降りしきる雨は、プラットホームに、しめった風をもたらした。
 反対側のホームに、滑り込んでくる電車を見て、茉理は、ふと思い出す。
(こないだ、遠野君、この電車に乗ったんだっけ)
 彼の家は、こっち側なのだろうか。
(今……どうしてるのかな)
 透明になっても、家に帰りついたとは思うのだが。
 確認するすべがないことに、苛立ちを感じながら、茉理は、自分の側に来た電車に乗り込んだ。
 ドアに身をもたせかけ、彼女は、先ほどの英司との会話を思い起こす。
(遠野君、どうしてわたしにだけ、声を送ってくれたのかな)
 てっきり、生徒会の人たちとは、会話しあってるのだとばかり、思っていたのに。
 やっぱり嫌っているのだろうか。
(親戚なんだろうけど、いろいろ人間関係、複雑そうだもんね)
 本家とか分家とか。
 まして魔力や呪いなんてものまで、絡んでくると、どうにもややこしくなりそうだ。
(なんか、あの家系、まともな人っていなさそうだし――あ、でも、さっきの山下先輩は、まあ普通だったかな)
 ふっとため息を漏らしたとき、最寄り駅に着いた。
(雨、やまないな)
 明日も、こんな天気なのだろうか。
 憂鬱な気分で、茉理は駅を出た。




第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−2 ]
2007/12/05(Wed) 12:02:44
「やみませんね、雨」
「そうだな」
 生徒会業務も終わり、めいめい帰宅の徒についている。
 校門で、英司は帝と二人、迎えの車を待っていた。
 先に帝の――本家の車がやってきて、彼が乗り込む。
「帝、じゃまた明日」
「ああ」
 走り出す黒塗り高級車のタイヤが、地面に出来た水鏡をはじき返す。
 雨にも負けず、それなりのスピードで、車は走った。
「帝様、ご自宅でよろしいですね」
 運転手の声に、彼は組んでいた腕をはずし、窓の外を見た。
 車のガラス窓を、たたきつけるように雨は降る。
「……遠野に行く」
 帝の唇から、静かに、目的地変更が告げられた。
 心得たように、運転手はうなずき、車は、次の交差点を左に曲がった。





第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−3 ]
2007/12/06(Thu) 14:48:54
 本邸には及ばないが、遠野 斎の家も、それなりに大きな一軒家だった。
 静かな高級住宅街の、庭付きガレージ付き一戸建て。
 赤レンガで出来た洋風の家には、門のところに、大きな花かごが下がっていた。
 運転手が降りて、インターフォンを押す。
 しばらくすると、門がオートロックで左右に開き、車は、ゆっくりと中庭に入っていった。
 玄関の扉を開けて、白いワンピースを着た女性が出てくる。
 傘を持ち、彼女は、車の後部座席に向かって、深々とお辞儀をした。
 帝は、車から降りて、運転手が差した傘を受け取り、返礼を返す。
「帝様、ようこそ」
 白いワンピースの女性が、優しく微笑んだ。
 少し病弱な顔色は、斎によく似ている。
「叔母さんも、お元気そうですね」
「昨日は、斎がご迷惑をかけたとか――本当に失礼しました」
「いいえ、こちらも突然すみません」
 玄関まで歩きながら、二言三言、言葉を交わす。
 居間に上がると、そこには、今にも薄くて、向こうが透けてみえる体をした少年が、待っていた。
 硬い表情で、彼はお辞儀をする。
 半ば睨むような視線を投げ、帝は、彼の前のソファに座った。




第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−4 ]
2007/12/07(Fri) 11:04:13
「今、お茶をお持ちしますね」
 ワンピースの女性――斎の母親は、そう言うと、二人を残し、リビングの扉を閉める。
 静寂と無言が、辺りに満ちた。
 帝は黙って、やっと輪郭が見える斎を見つめる。
 何を考えているのかわからないが、斎も静かに帝を見つめ返した。
 薄い瞳は揺らいで、悲しんでいるように見える。
 母親が、お茶とクッキーを並べた皿を持ってきて、二人の前に置いた。
「たいした物はありませんが、帝様、よろしかったら夕食を準備させていただきますね」
 そう言って微笑むと、彼女は、斎の前に、白い紙の束とボールペンを置いて、出て行く。
 それを見た帝の目が、つと細められた。
 彼は、嫌そうにその紙を一瞥し、じっと斎を睨む。
 斎の表情は動かない。
 視線をはずすでもなく、真っ直ぐ帝を見返した。



第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−5 ]
2007/12/08(Sat) 08:51:54
 二人きりになると、帝は、彼に挑むような視線を投げた。
「単刀直入に聞く。お前は、後野 茉理と言葉をかわしているな」
 斎のまつげが伏せられる。
「先日、彼女は、何者かに襲われた。そのとき、地属性の魔法によって、彼女は助けられ、無傷で帰宅した。――あれは、お前だな」
 斎は目を開け、静かにうなずいた。
「何故、あいつを助けた?」
 斎は、しばらく考えていたが、すっと指をボールペンに伸ばす。
 彼の指が、黒いボールペンに触れた瞬間。
 ピシャッと帝の手が伸びて、ボールペンをひったくった。
「こんな物で答えるな! お前、思念会話が出来るのだろう?」
「……」
「何故、俺に、それで言葉をぶつけてこない! 俺を馬鹿にするつもりか!」
 青筋を立てて、帝は怒鳴り、ボールペンを握りしめる。
 軽く握っただけで、それはボキッと嫌な音を立て、折れた。




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[ <20>−6 ]
2007/12/09(Sun) 16:02:56
「お前が、俺たちクリスティを、憎んでいるならしょうがない。俺たちと、袂を分かちたいとでも思っているのなら、言葉を送れとは言わん。だがな、それでもお前は、クリスティの分家に生まれ、血の責任を負っている。その身に宿る魔力と共に」
 斎の瞳が、悲しげにゆれる。
 表情が歪んで、今にも泣き出しそうに見えた。
「……すぐに俺たちに心を開け、とは言わん。だが」
 帝は、目をガラスのテーブルにやり、そこに詰まれた紙束を睨む。
「せめて両親ぐらいには、そろそろ言葉を送ってやれ。お前をここまであきらめずに、育ててくれたんだぞ。両親よりも後野 茉理が良いというなら、お前は薄情な大馬鹿者だ!」
 勢いよく立ち上がり、帝は、居間のドアを開けた。
 何も反応せず、自分を見つめる斎に一瞥をくれると、そのまま部屋を出る。
「あ、あら、もうお帰りですか、帝様」
 台所から、あわてて母親が出てきた。
「ゆっくりしてくださってもいいのに――あの、まさか斎が、何か粗相でも?」
「いいえ」
 帝は、無表情で母親に向かう。
 不安そうな、どことなく悲しげに、自分を見つめる彼女の姿が、彼の心を苛立たせた。
 自分は、そんなに気を使われるほど、大層な人間ではないのに――。



第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−7 ]
2007/12/10(Mon) 09:37:17
 ため息を一つつくと、彼は作り物の笑みを浮かべ、話は、もう済みました、急ぎの用があるので、ゆっくり出来なくてすみません、とつぶやき、玄関を出た。
 差し出された傘を受け取ると、お愛想ぎみに、今度は本家にも顔を出すように、斎に言ってください、と付け加える。
 その言葉に、母親は嬉しそうに笑顔を見せ、彼を車まで送っていった。
「帝様、自宅に戻られますか」
「ああ」
 車のシートにもたれながら、帝は、過ぎていく遠野邸と、いつまでも自分を見送る斎の母親を、窓越しに眺める。
 雨は勢いを増し、いつまでも降り止まなかった。
 まるで彼の心の苛立ちを、代弁するかのように――。



第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−8 ]
2007/12/11(Tue) 09:31:18
「あーあ」
 放課後の教室で、奈々がため息をついていた。
「今日も雨。さすがに3日続くとあれよねえ」
「ランニングがなくなって、いいんじゃんかったの?」
 茉理は、彼女の憂鬱そうな背中を見ながら、せっせと教科書を鞄に押し込む。
 あれから、もう3日がたっていた。
 斎の姿はまだ見えず、茉理の心も重くなっている。
(遠野君……今度はいつ、出てくるのかな?)
 魔力が回復するまでに、どれだけかかるのだろう。
 一週間? 一ヶ月? それとも一年――。
 彼と会えないまま、卒業なんてことになったらどうしよう、と考えれば考えるほど、彼女の心は沈んでいった。
(やだな、こんなに暗くなってちゃ駄目じゃない)
 茉理は必死に自分を励ますが、うっとおしい雨音がまた、心の闇に拍車をかける。
 ため息をつき、彼女は鞄を持つと、奈々に手を振って教室を出た。
 昇降口まで行くと、そこに人影がたたずんでいる。
「やあ、後野さん」
 茉理は、目をまん丸にした。
 英司が微笑んで、彼女に片手をあげている。
 茉理は、はっと気づいて、ぺこりとお辞儀をした。



第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−9 ]
2007/12/12(Wed) 16:08:16
「後野さん、今日、時間ある?」
「え? 時間ですか?」
「そう、これから。何もないなら、俺とつきあってくれないかな」
「はあ」
 茉理は戸惑った。
 これは、一体どういう意味のお誘いなんだろう。
 彼女の表情を見て、ああ、と英司は微笑む。
「別に変なとこに連れてったりしないよ。ちょっと、斎のとこ、行くだけだから」
(遠野君のところへ?)
 茉理はうなずいた。
 気になってたし、ちょうどいい。
「じゃ、決まり。履き替えて、校門で待ってて」
 片目をつぶると、英司は身を翻し、自分の靴箱に向かっていった。




第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−10 ]
2007/12/13(Thu) 19:48:43
 自家用車――白いセダンの後部座席に、茉理は膝をそろえて座った。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。後野さんは、電車通学なんだって?」
「あ、はい」
 前部座席――運転手の横に座った英司は、気さくそうに話しかけてきた。
「大変だね。朝なんか、ラッシュだろ」
「あ……そうですね、けっこう込みます」
 茉理は、体の緊張がほぐれていくのを感じながら、返事をした。
 どうもこの英司には、人を気楽にさせるというか、そんな雰囲気がある。
(生徒会長とも副会長とも、会計の先輩とも、まったく違うなあ)
 こういうの、庶民派、とでもいうのだろうか。
 3人は、それぞれ容姿も口調も特徴も違うが、なんとなく警戒し、背筋を伸ばさせる何かがあった。
(やっぱ一つだけ上なのと、二つ上なのって違うのかな。あ、でも会長は、一つ上か)
 なんとなく考えていると、また前から声がかかった。
「そうそう、雅人先輩があやまっといてって――こないだ、からかってごめんって言ってたよ。あの先輩、滅多にこういうこと言わないから、きっとものすごく反省したんだろうね。悪く思わないでやってよ」
「……」



第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−11 ]
2007/12/14(Fri) 09:46:39
「後野さんは、雅人先輩が苦手?」
 さっくり聞かれて、茉理はうなずいた。
「そっかあ。たいていの女の子って、雅人先輩にあこがれるんだけど、君は違うみたいだね」
「わたしって変わってるんです」
 ぶすっとそう言うと、英司はくすくす笑った。
「膨れないでよ。別に悪い意味で言ったんじゃないんだ」
 そして、ふっと口調を変える。
「でもほんとに、後野さんはすごいって俺は思うけど。あの斎と話が出来るんだから」
「……」
「斎って生まれたときから、姿が見えなかっただろ? 俺たちもいるのかいないのか、よくわからなくて――けっこういろいろ言ったりしたんだ、あいつが傷つくこととか。子どもだったし、呪いなんて、なんかこう薄気味悪いじゃん?」
「そうだったんですか」
「だからかなあ、俺たちと口利いてくれないの」
「……」
「俺たちは、まだあいつには口を利く――思念会話とか出来る力はないと思ってたんだ。その方が、考え方として都合よかったのかもな。まさか嫌われてるなんて、思いたくなかったし」
 寂しそうに、英司はつぶやいた。



第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−12 ]
2007/12/15(Sat) 14:29:26
「でもやっぱりあいつは、俺たちの仲間さ。みんなそう思ってる。俺も雅人先輩も、帝も直樹先輩も」
「……手をつないでみるとか」
 茉理の口から漏れた言葉に、英司はきょとんとした。
「え? 何だって?」
(え? 今、わたしって、何を言ったんだっけ)
 聞き返され、一瞬呆けた茉理だったが、少し考えて顔を赤くした。
「たいしたことじゃないんです。あの、こないだ、先輩が教えてくれたじゃないですか。遠野君が、わたしにだけ声を送っているって」
「そうだね」
「で、先輩、嫌われてるのかも、ってその時、言いましたよね。とっても寂しそうだったから、あれから気になってて」
「……」
「遠野君、そんなに悪い人じゃないと思うんです。その――いつまでも過去のこと、根に持ってるとかそう言うんじゃないと思う。なんか別な理由があるんじゃないかなって思うんです、わたし」
「そうなのかなあ」
 英司は、気が乗らなさそうに返す。




第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−13 ]
2007/12/16(Sun) 16:52:57
「ちょっとした誤解なんだと思うんです。だから先輩たちと遠野君、直接なんらかの方法で、きちんと話せたらいのになって、ずっと思ってて――家にね、おばあちゃんがいるんです、わたし。もうぼけちゃってるんですけど」
 茉理は、自分でもどうしてこんなこと言ってるのかわからなくなったが、続けた。
「よくおばあちゃんに、学校であったこととか話すんです。もちろんぼけちゃってるから、返事だってとんちんかんなことばかり言ってくるんですけど――先輩たちのこと、話したら、おばあちゃんがぼそって言ったんです。『手を結んであげたらいいのに』って」
「ふうん」
「それでそれを思い出しちゃって、つい変なこと言ったみたい。すみません」
 赤くなって俯く茉理に、英司はやさしい瞳を向けた。
「いいんだって。それより何か嬉しいなあ。俺たちのこと、心配しててくれたんだね」
「あ、いえ、その……」
「斎のこともさ、気にかけてくれる人がいるっていいもんだね。ありがとう」
 素直に礼を言われ、茉理はますます赤くなった。
(余計なおせっかいのはずなのに……山下先輩って、やさしいんだな)



第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−14 ]
2007/12/17(Mon) 09:47:05
 赤レンガの洋館に、洋風の庭。
(可愛い家――広いけど)
 茉理は、車から降りて、目の前に広がる屋敷を見る。
 洋画にでも出てくるかのような、煙突までついた趣のある館は、少女らしいあこがれを抱かせるには十分だ。
 英司は玄関に出て、出迎えるメイド風の家政婦に、微笑んで挨拶する。
「やあ、メグさん、今日は小母さんは?」
「英司様、ようこそいらっしゃいました。奥様は、ただいま外出中でして」
「そっか。ああ、紹介するよ、こちらは後野 茉理さん。斎の友達なんだ」
「こんにちは」
 少々緊張しながら――メイド付きなんて雰囲気に慣れていなくて――お辞儀をする彼女に、無表情でメグは頭を下げた。
「こちらへ」
 気持ちの良いテラスに案内される。
 そこには白木のテーブルと椅子があり、見慣れた背中が椅子に深く腰掛けて、本を読んでいた。
「斎様、英司様と後野 茉理さんです」
 茉理の姿を見た瞬間、斎の目が驚きで見開かれる。
『どうして、君が?』
 頭の中に響く声は、直接、彼の思いを茉理につきつけた。
 彼女は斎の姿を見て、胸が熱くなる。
 英司の口ぶりから、彼は大丈夫なのだとわかってたいたけれど――。
 本当に目の前に、しっかりと姿を見せている斎を見て、彼女は心底ほっとした。
(良かったあ。無事だったんだ)




第一巻<20> / TB(-) / CM(-) /

[ <20>−15 ]
2007/12/18(Tue) 21:21:57
 目頭が熱くなり、あわてて茉理は下を向く。
 そんな彼女を見て、英司は言った。
「じゃ、俺、ビリーと遊んでくるよ。後野さん、あとでね」
 え? と聞き返す間もなく、英司は出て行ってしまう。
『……気を使ってくれたのかな?』
「え? うん、そうかも」
 茉理は、裏庭に向かう英司の背中を見ながら、あいづちを打った。
『座ってよ。今、お茶が来ると思うし』
「あ、うん」
 茉理は、さっきまで斎が座っていた椅子の向かい側に腰掛ける。
「でも良かったあ。遠野君、消えちゃったままだったら、どうしようって思ってたんだ」
『ごめん。突然だったしね。力も使い果たして、説明する余裕がなかった』
 軽く息をついたのが、茉理に伝わった。
『あの魔獣は、書庫を守る番犬みたいなものでね。帝先輩の魔力で償還され、あそこに配置されてたんだ』
「そうなの?」
『おそらく不信人物が現れたら、すぐに襲うように命令されてたんだろうね。帝先輩が、僕たちにあれをけしかけたわけじゃない。もともとあれは、そういう命を受けてたんだ』
「そうだったの」
 茉理はうなずいた。



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[ <20>−16 ]
2007/12/19(Wed) 10:39:24
『きっと帝先輩は、僕たちを襲う前に、あの魔獣を止めるつもりだったんじゃないかな』
「え?」
 思いもかけないことを言われ、茉理は首をかしげた。
『後野さんには、信じられないかもしれないけど、帝先輩って、本当は繊細で、とてもやさしいんだよ』
「ええーっ、あの会長があっ!」
 思わず大声をあげてしまい、茉理はあわてて口を押さえた。
 広くしーんとした館に、自分の声が響いたのを感じ、ますます顔を赤くする。
「ご、ごめんなさい、突然で驚いた」
『意外って顔、してる。でもそうなんだよ』
 斎は、庭の花壇に目を向けながら、そう言葉を送ってきた。
『帝先輩は、本家に生まれただろ? 小さい頃から、そういう弱そうに見える態度って、すごく否定されてきたんだ。こう何でも上から見下ろさないといけないような――おかしな帝王学もどきを仕込まれちゃってね』
「……」
『だから普段からプライド高く、誰にも行く手を阻ませない高圧的な態度を取らざるを得なくって、それが板についちゃってるだけなんだ。きっと帝先輩自身も、すごく苦しいと思うよ。本当の自分とはかけはなれた人格を、演じ続けないといけないんだから』



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[ <20>−17 ]
2007/12/20(Thu) 08:31:47
 茉理は、初めて聞く帝の事情に、目を瞬かせた。
『みんな、わかってると思う。特に雅人先輩と直樹先輩はね。今日だって、君をここに連れてくるようにしたの、帝先輩じゃないかな』
「え……」
『僕はこんな体だろ? 学校以外では、誰ともあえて接触しないんだ。家族も、僕の姿をおおっぴらに他人に見せたくないと思ってるし――本当は、学校も止められてたんだよ。それを帝先輩が』
「もしかして、お父さんとお母さんに言ってくれたの?」
『正解。帝先輩が、学校だけは出てくるようにって言ってくれてね。父も母も、本家の帝先輩の言葉を無視することは出来ないんだ。小学校のときは、体がほとんど見えない状態だったから、学校側も僕の入学には戸惑ってたけど、帝先輩が強引に手続きしてくれたんだ』
「そうだったの」
 にこりと斎は微笑んだ。
『だから僕は、帝先輩にはとても感謝してるんだ。でも』
 声のトーンが落ちる。
 頭の中で、力なさげに言葉が響いた。
『僕が、帝先輩たちを傷つけてしまったみたいだ。そんなつもりはなかったんだけど』




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[ <20>−18 ]
2007/12/21(Fri) 10:13:29
 茉理は、はっとした。
「ねえ、あの、聞いてもいいかな。どうしてわたしにだけ、言葉を送ってくれてるの?」
『僕も不思議なんだ。どうして君には、僕の言葉が届くのか』
 真っ直ぐに見つめられ、茉理は戸惑った。
『僕が、どんなに言葉を送っても、誰にも伝わらなかった。両親も、帝先輩も雅人先輩も、 直樹先輩も英司先輩だって、魔力はかなりのものなのに、誰も僕の言葉を聞くことは出来なかったんだ』
「そうなの?」
『今だって、何度も言葉を送ってる。話しかけられたら、すぐにね。でも』
 斎は俯いた。
『誰にも届かないみたいだ。なのにどうして君には届くんだろう。失礼だけど、君からは魔力らしい物は、何も感じられない。本当に不思議だよ』
 茉理は、目を瞬かせた。
(どういうことなの? どうしてわたしにだけ、遠野君の言葉がわかるんだろう)
 考えてもわからない。
 茉理は、何も答えられず、黙ってしまった。





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[ <20>−19 ]
2007/12/22(Sat) 14:29:23
「そろそろ行こうか」
 庭から声がして、茉理は顔をあげた。
 テラスの向こう側、英司がにこにこ笑いながら、立っている。
 足元には、大きなコリー犬がじゃれついていた。
(あれがビリーかあ)
 茉理は、犬をなだめる英司を見ながら思う。
 犬を足から離すと、英司は弾みをつけて飛び上がり、テラスの中に入ってきた。
 優しい目で斎を見つめる。
「大分いいようだな。まったく無茶するなよ」
『ありがとうございます』
 斎の言葉が、茉理の頭に響く。でも英司は何も反応しなかった。
(やっぱり届いてないんだ)
 茉理は、胸の奥が痛くなった。
 そっと斎の方を見ると、彼の瞳にも悲しげな色が浮かんでいる。
(なんとかしてあげたい――でも)
 自分には、何の力もない。
 何も出来ないのだ。
 茉理は心が締め付けられそうになる。
(でも、でも……このままじゃ駄目だよ!)