きつねこぶたの創作部屋

きつねこぶたの創作小説ブログです。ただいま<私立クリスティ 学園シリーズ>を連載しています。
[ <21>−5 ]
2008/01/01(Tue) 10:12:30
「あの、もう一つ、掃除しときますか」
「ああ、そうしてもらおうか」
 英司と帝の会話を聞いて、あわてて雅人は立ち上がる。
「もう、二人ともひどいなあ。今日初めて勇気を出して、生徒会室のドアを叩いた可愛い後輩の気持ちをなごませてやろうという、この気配りがわからないなんて」
「気配りだったんですか」
「いや、それは逆効果だろうな」
 直樹が傘を畳みながらつぶやく。
「おそらくこれで生徒会のイメージが、可愛い後輩の中では、思いっきり落ちた確率の方が高い」
 きっぱりそう言うと、彼は笑みを見せて、斎に言った。
「気にしないでくれ、斎。来てくれて嬉しいよ。若干妙なのがいるが、ほっといていい。どうしても始末に終えないようなら、俺に相談してくれ」
『はあ……』
「<特製泣く子も黙る沈黙大好きっ茶>を、彼に飲ませてやるからね」
 それは何? と斎のみならず、その場にいた全員が思った。



第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <21>−6 ]
2008/01/02(Wed) 10:01:09
「あの、そのお茶って」
 聞きかけた英司の口に、雅人が薔薇の花を突っ込む。
「ああっ、英司君、そんなに薔薇の花が食べたかったのかい?」
「むぐっ、むぐぐぐっ……」
「そうかそうか。思う存分食したまえ――って、この馬鹿っ! そんなこと直樹に聞いたら、ほんとに出してくるぞ」
「ぐぐっ……そ、そうですね……」
「そしてここにいる全員、その妙なのを飲まされるのがおちだっ。そのことに関しては突っ込むな」
 後半の言葉は、直樹に悟られないよう、英司の耳元でささやく。
 薔薇の花を口に押し込まれたまま、英司はむぐむぐしながら、何度もうなずいた。
「ささっ、斎君、こちらに座ってくれたまえ」
「俺、斎の隣でいいですよね」
 後輩二人が席につくと、直樹はまたPCに戻る。
 残念だな、というわずかのつぶやきが聞こえ、英司は背筋に冷たいものが走った。



第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <21>−7 ]
2008/01/03(Thu) 13:39:08
『あー、危ない危ない。変なの飲まされるとこだったぜ』
『そんなに変なんですか。直樹先輩のお茶って』
 頭の中で、斎が質問してきた。
 直樹に気づかれないよう、こっそり英司は思念を送る。
『ああ。変もなにも、今までまともなのは一度もなかったぜ。お前も気をつけろよ』
『はあ……』
『こないだのなんて最悪だったな。無理やり飲まされたんだけど、生徒会一同、ウサギになっちまってね』
『は?』
『中和剤を作ってなくて、全員泣く泣く鞄を置いて、ウサギの姿のまま、帰宅したんだ。俺なんて家に入れてもらえなくて、一晩庭の隅で夜明かししたんだぜ。ほんっと参ったよな』
『それは大変でしたね』
『もうほんとにいろいろあった。あの先輩にお茶入れさせると、たいてい何かの魔法薬を混ぜてくるから、絶対にお茶くみだけはさせられない。それで雅人先輩が、お茶当番になったんだ』
『じゃ、今度は僕がやりましょうか』
『いいって。他の仕事、雅人先輩は何もしないから、それぐらいはさせろって会長が言ってた。俺がやろうかと思ったけど、帝の仕事は、ほとんど俺にまわってくるから忙しくてね。お茶なんか入れてる暇も飲んでる暇もないよ』
『そうなんですか』
『そして君は、俺の助手。臨時書記だからね。これから忙しくなるから、よろしく頼むぞ』
「そこの二人! いい加減話を切れ! 会議が進まん」
 低い声で怒鳴られて、二人はびくっとした。
 思念で会話しあっていたことなど、お見通しらしい。
 先輩三人の視線に、二人は肩をすくめた。



第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <21>−8 ]
2008/01/04(Fri) 09:31:11
 ヘルメットをはずすと、改めて座り直し、帝は一同を見回した。
「これで歓迎会は終了だ! 本日の生徒会会議を始める」
 全員の顔に、さっと緊張の色が走った。
 目線は中央の帝に向かう。
「ではまず現状を報告してもらう。直樹」
 眼鏡を直しつつ、直樹は淡々と口を開いた。
「まず先日起きた魔法無断使用の件だけど、疑わしい者をリストアップしておいたから、各自データを見てくれ――ああ、斎」
 直樹はポケットから、銀色のコンパクトサイズPCを取り出すと、円卓の上を滑らせ、斎の方に寄越した。
「お前のだ。生徒会役員専用PC。この学園はもとより魔法や魔族、一般のことに関するありとあらゆるデータがそろっている。重要な連絡もPCを通じて行うことがあるから、常にチェックしておけよ。使い方は英司に教えてもらえ」
『ありがとうございます』
 斎はPCを受け取ると、直樹に向かって頭を下げる。
「ありがとうございます、だそうですよ。直樹先輩」
 英司の言葉に、直樹は顔をしかめた。
「英司にだけしか言葉が聞こえないとは不便だな。まあ、今までは誰にも受信できなかったから、少し前進したことにはなるのだが」



第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <21>−9 ]
2008/01/05(Sat) 10:57:54
「それなんですよ! こないだ凄かったんです」
 勢いよく話し出した英司を、帝は制した。
「その話はあとだ。まずこの件に関しての報告が済んでからにしろ」
 そう言うと、PCを操作し、画面を覗き込む。
 生徒の一覧表が現れた。
「ふうん、けっこういるね」
「様々なケースを考えて、リストアップされた者たちだ。疑わしいのは59人ほど」
「そんなにあの後野さんって恨みをかってるんだ」
 驚いたな、という英司のつぶやきに、直樹の眼鏡がきらりと光る。
「まずあの時間に校内にいた者だ。どんなに遠隔操作が可能な魔術師でも、半径3メートル以内が限界だろう。門のところに設置されてる登下校チェックカメラで、確認してある」
「細かいねえ、あいかわらず」
 のほほんとつぶやく雅人をちらりと見ると、直樹は続けた。
「次に魔法系統が風ということで、その系統魔法を使える者、実際人をあれだけ高く浮き上がらせられる魔力を持つ人間を選び出した。大体これが100人ほどいたな」
「じゃ、どうやってそれを59人にしぼったんですか?」
「あとは動機だ。彼女に恨みを持つという線から考えて、どうしても無関係な者たち――彼女と接触もなければ、帝の信奉者でもなく、校内違反を犯してまで、彼女を襲って何のメリットもない者をはずすと、こうなった」



第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <21>−10 ]
2008/01/06(Sun) 20:06:32
「さすがだねえ、直樹君」
 薔薇の花片手に拍手する雅人を睨むと、直樹は言った。
「だが攻撃的な――あきらかに彼女を病院送りにするほどの攻撃を仕掛けた心理を考えると、当てはまるのはただ一人」
 カチャカチャとPCのキーを叩き、直樹は一人を選び出す。
「この生徒だ」
「ふーん、まあ、そうだろうね」
「ええっ、この人ですか!」
 全員のPCに、一人の少女が写っていた。
 勝気そうな瞳と、ストレートの黒髪。
「1年E組 早川 響子。斎、間違いないか」
 斎に聞く帝の言葉に、英司は首をかしげた。
「帝、どうして斎に聞くんですか」
「こいつはこの魔法と対峙し、後野 茉理を助けている。当然どこの誰とやりあったか、わかってるはずだ」



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[ <21>−11 ]
2008/01/08(Tue) 02:42:38
「えーっ、そうだったんですかあっ」
 驚く英司に、雅人はにやっと笑った。
「おやあ、英司君、知らなかったの?」
「そんなのわかりませんよ。先輩たちは、どうして知ってるんですか」
「こないだモニターに映ってたと思うが。彼女が地面に落ちる寸前で、砂に助けられたのが」
 直樹が冷静に説明すると、英司は、あっと声をあげ、納得した。
「先輩たち、鋭いですね」
「って、英司君、君がにぶすぎなの。もう少しまわりに注意しましょうね」
 にっこり雅人に微笑まれ、英司はしゅんと席に縮みこんだ。
「で、どうなんだ、斎」
PCを黙って見ていた斎は、顔をあげ、うなずいた。
「やっぱりか」
「あーらら、どうする、帝」
 全然困ってない様子で、雅人は薔薇の花をくるくる指先で回した。
「校則破りは、確かお仕置きじゃなかったっけ」
「ああ。他人に暴力行為を働いた者は、一年の魔力封じ。実際に相手に重症を負わせた者は、理事と相談の末、退学処分になる」




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[ <21>−12 ]
2008/01/08(Tue) 02:48:41
「ま、彼女の場合は未遂だけどね、斎のおかげで」
 薔薇の花びらを、一枚づつはがしながら、雅人はつぶやいた。
「更に彼女は、今回のイベント候補者だ。本家跡取りの交際相手候補を厳重処罰するのは、未遂だとちょっとな」
 直樹はそう言うと、眼鏡のフレームを直す。
「さて、どうする? 帝」
 全員の視線が、彼に集中した。
 指を組み合わせ、大人びた顔の長いまつげが、思案に揺れて、伏せられている。
 しばらく考えていたが、やがて帝は目を開けた。
「今回は未遂だったということで、彼女は厳重注意としよう。直樹、貴様が言って、彼女に注意してこい。元々お前が推薦した女だからな」
「わかった。そうしよう」
「この件は、以上で終了する。では次」
 帝は顔をしかめながら、議題を言った。
「前日、遠野の家で起こったことだが、英司、お前から説明してもらおう」
「それが凄かったんですよ、ほんと」
 勢いよく英司は、こないだの一件を説明する。





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[ <21>−13 ]
2008/01/09(Wed) 11:31:55
「ふうん、あのレディがねえ」
 雅人は頬杖をつき、目を輝かせた。
「ますます興味深い少女だ。面白くなりそうだな」
「おや、直樹君、めずらしく意見が合うねえ」
 嬉しそうな雅人の声に、直樹は顔をしかめる。
「お前と意見が合うなんて、世も末だな」
「ひどいな、直樹君。親友の僕に向かって――この際だからはっきり聞くけど、君は、この僕のことを、どう思っているの?」
「一言で言えば、変態の顔見知りだ」
「そんな! この僕の君に捧げる純情が理解出来ないとは! 直樹君、どうして君は、そんなに素直じゃないんだ。お母さんは――君のお母さんは、きっと空の果てから悲しんでいるぞっ……ううっ」
 ハンカチを出し、涙を搾り出しながら(うそ泣き)、雅人は直樹に泣きついた。
『あの、雅人先輩と直樹先輩って、仲悪いんですか』
 首をかしげる斎に、英司はこっそり返事を送る。
『いや、とても仲良しだよ』
『はあ……』
 困惑している斎の表情に気づき、帝はダンっとまた卓を叩いた。
「くだらない話を入れて、会議を中断させるな。ちっとも進まん」
「はいはい、失礼しました」
 雅人はにっと笑い、両手をあげて降参のポーズを取る。




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[ <21>−14 ]
2008/01/10(Thu) 09:31:06
「で? レディの件は、どうするの?」
 帝は、黙って考え込む。
「ま、どうするといっても、どうしようもないけどね」
「おや、直樹君、随分消極的なご意見で?」
「調べたって、彼女からは魔族たる可能性は1%も出てこない。魔力サーチを使っても、魔力はゼロ。こんな結果しか出ないのに、何をどうしろと」
「うーん、そうだねえ」
 皆、頭をひねった。
「どうしても何とかしたいのなら、帝、お前が動くしかないが」
 直樹の発言に、帝は目を細める。
「理事会に申し入れ、理事全員に聞いてみるという手がある」
「理事会ですか」
「あの、曲者ぞろいのねえ」
 気がのらなそうな声で、雅人は薔薇を持てあぞぶ。



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[ <21>−15 ]
2008/01/11(Fri) 15:51:04
「あの人たちが、まともに僕たちの相手をしてくれると思う?」
「ま、茶化されて終わりってことは、俺も知ってるさ。でも魔力も魔族の先祖もいない彼女の入学をどうして許可したのか、知ってる所は他にないだろう」
「そうですね」
 英司も同意する。
「ま、決めるのは帝だけどね。君が望むのなら、理事会に問い合わせてみればいい」
 僕たちに出来ることは、他にないよ、とつぶやかれ、帝はうなずいた。
「わかった。この件は、俺が処理する。以上で本日の会議は終了だが、まだ他に話すことはあるか?」
 一同は押し黙った。
 何も出ないのを確認すると、帝は立ち上がる。
「では、本日の会議は、これで終了とする。解散!」





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[ <21>−16 ]
2008/01/12(Sat) 12:08:03
「ふわああっ、疲れたあ」
 英司が、うーんと両腕を伸ばして、伸びをする。
「たかが30分だったのに、英司君、君、もしかして老化が激しくなったかな」
「ひどいですよ、雅人先輩」
 楽しそうに言葉を交わす二人を見ながら、斎は微笑んだ。
 そのとき。
 ぽん、と肩に手が置かれる。
 見上げると、そこに帝の顔があった。
「……よく来たな」
 一言、それだけつぶやくと、帝はすっと背を向け、生徒会室を出て行く。
「あーらら、帝も素直じゃないの」
 ふふっと雅人は笑った。
「内心ではすっごく喜んでるよ、あれ」
『そうなんですか』
 斎の瞳が、わずかに揺れる。
「俺たちも嬉しいよ、斎。これからよろしくな」
 直樹に差し出された手を、斎はしっかり握った。
『はい』
「僕の方こそ、よろしくお願いします、だって。先輩たち」
 英司が、弾んだ声で通訳する。



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[ <21>−17 ]
2008/01/13(Sun) 14:46:51
「しかし英司君だけにしか、声が届かないとは残念だね」
「そうだな」
「僕も、君のさわやかに響く美声を心待ちにしているのに――ああ、運命とはなんて残酷なんだ!」
 また床に悲劇のポーズで跪く雅人を見て、3人はやれやれ、と肩をすくめた。
「そうだな」
 雅人の頭上で、直樹は眼鏡をきらりと光らせる。
「運命に挑戦してみるのも、いいかもしれないな」
「え?」
 直樹はにやりと笑うと、手に持っていた何かを、雅人に向かって放射した。
「うわわわーっ」
 驚きの悲鳴が、辺りに響く。
「けほっけほっ、な、直樹先輩?」
『……真っ白で何も見えない。この煙は一体……』
 英司は、すかさず指を鳴らす。
 風が吹きぬけ、突然発生した白い煙を吹き飛ばした。




第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <21>−18 ]
2008/01/14(Mon) 09:42:48
「あー、びっくりした。どうしたんですか。直樹先輩」
『……』
斎は床を見て、目をしばたたかせる。
『……ま、雅人、先輩?』
「え? 斎、どうした……って、う、うわわわわわわーーーっ!」
 英司は驚いて、飛び退った。
 さっきまで、悲劇の人がいた床の上には――。
「ふむ。試作品は成功だな」
「成功って、直樹先輩っ、これ、雅人先輩なんですかあっ」
「見ての通りさ」
 英司は口をぱくぱくさせ、斎は顔を青ざめさせて絶句する。
 そこには悲劇のポーズを取る、なんとも情けない姿の蛙がいた。
「試作品NO51.ちかんストーカー撃退用スプレー。手のひらサイズで持ち運びやすく、相手に気づかれずに逆襲できる、かよわい婦女子の味方。ただいま商品名募集中」
「そんなもん、商品化するんですか」
「ああ。来月には、購買部に出荷する予定だよ」



第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <21>−19 ]
2008/01/15(Tue) 10:11:46
「そ、そんなことより、中和剤っ、元に戻すスプレーはないんですか」
 あせって叫ぶ英司に、直樹は冷静に答える。
「そんなものは作ってないよ。作る予定もないしね」
 その場にいた2人と一匹の額から、汗が一筋流れ落ちた。
「げこっ、げこげこげこっ」
 蛙は必死に直樹の足元に飛びついて、抗議の叫びをあげる。
「安心しろ、雅人。効力は一時間で切れる」
「じゃ、一時間だけ、我慢すればいいですね」
 あー、良かった、と英司は胸をなでおろす。
 彼は指で蛙をつまむと、手のひらに乗せてやった。
「だそうですよ、雅人先輩」
『こうしてみると、けっこう可愛いですね。薔薇の花、咥えた蛙も』
 斎が、つんつん、と蛙をつつく。
「あ、ほら、駄目だよ、斎。頭に青筋立ててるよ」
『すみません。可愛いので、つい……』
 口元に微笑みを浮かべる斎に、英司と直樹、雅人がえるは、一瞬呆けた。



第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <21>−20 ]
2008/01/17(Thu) 09:15:29
「気に入ったのなら、君が持って帰るといい。愛玩動物としては、お勧めかもね」
『はあ……』
「君の望むときには、いくらでも薔薇を出してくれる、蛙の王子様だ。――そうだな、そういうぬいぐるみも商品としては、女子に受けるかも知れんな……」
 後ろの言葉を、ぶつぶつつぶやきながら、直樹はPCをカチャカチャ打ち始める。
 もう二人と一匹のことは、眼中にない。
『どうします?』
「どうしますって……斎、とりあえずお前が世話してやれ。俺、実はこれからサッカー部に行かないといけないんだ」
『英司先輩って、サッカー部でしたっけ?』
「違うんだけどね、……雅人先輩の代理で」
『代理ですか』
「いろいろあんのよ、俺ってほんと。あーあ、雅人先輩、斎にしばらく面倒見てもらっててください。いくらなんでも『伊集院 雅人』様が、蛙付きでサッカー部に行ったら、イメージダウンしますよ」
 英司はそう言うと、ほい、と斎の手のひらに蛙を乗せ、手をひらひら振って、行ってしまった。
 残された斎は、情けなさそうな手のひらの蛙と一緒に、大きなため息をついた。




第一巻<21> / TB(-) / CM(-) /

[ <22>−1 ]
2008/01/17(Thu) 09:18:17
 保健室は何時来ても、静かで落ち着いた場所だ。
「あら、どうしたの? 早川さん」
 保健室担当教師、三河 みちるは微笑むと、入ってきた女生徒を迎える。
「すみません。また少し気分が……」
 白く病的な表情を浮かべ、響子はふらっと体を揺らす。
「ま、大変。とりあえず熱を測りましょう」
 あわてて彼女を支え、みちるは体温計を出す。
 耳にあて、電子音が鳴るのを待った。
(本当に綺麗で、絵になる子だわ)
 横で彼女を見つめながら、みちるは思う。
 やわらかな黒髪は、さらさらと腰まで流れ、制服の襟とプリーツはいつもきちんと整えられ、一筋の乱れもない。
 細身で、少し心細げな彼女は、まさしく今時にめずらしい深窓のお嬢様のようだ。
「熱はないようね。また貧血かしら」
「いつもいつも……先生、わたし、大丈夫でしょうか」
 悲しそうに、少女は俯く。
「帝様からお声がかかったというのに、わたし――こんな風では、とても帝様の婚約者にはなれないんじゃないでしょうか。たとえ選ばれても、あの方の重荷にしかならないような気がするのです」
 女の子らしいしぐさに、みちるの中から暖かな気持ちがあふれる。
 母性本能とでもいうのか――不安げなこの少女を支え、励ましてやりたくなった。




第一巻<22> / TB(-) / CM(-) /

[ <22>−2 ]
2008/01/18(Fri) 10:21:40
「大丈夫よ、早川さん」
 みちるは彼女の肩を抱き、やさしく言った。
「あなたは十分素質があるわ。魔力だって、あなたにかなう者など、この学校にはいなくてよ。帝様もそれをよくご存知で、あなたを候補にされたのでしょ? 先生は、あなたがきっと帝様のお相手に選ばれると信じているわ。自信を持って」
 ベッドに連れて行かれながら、少女は綺麗な口元に薄く笑みを浮かべる。
 それが清純というよりは、いささか悪魔的な笑みであったことには、みちるはまったく気付かなかった。



『――というわけでね』
「なんか信じられないんですけど」
 駅のホームで、斎は手のひらの蛙を茉理に見せていた。
 日直の日誌を提出して、帰りが遅くなった茉理と、斎は偶然ホームで出会ったのだ。
『信じるもなにも、ほら、これ』
「ほんとだ、ちゃんと薔薇の花、咥えてる」
 茉理は、ふふっと笑った。
「ほんとの蛙は、薔薇なんか見向きもしないもんね。間違いなく、これ、雅人先輩だわ」
「げこげこげこっ」
 蛙が薔薇を口から離して、叫ぶ。



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[ <22>−3 ]
2008/01/19(Sat) 11:41:05
「あ、そうだ」
 茉理は思いついた。
「ね、蛙でも、頭の中は雅人先輩でしょ。だったら、あれ、出来るんじゃないかな」
『あれ?』
「うん、思念会話。遠野君とは、言葉を交わせないかもだけど、わたし、こないだ雅人先輩と思念会話が出来たんだよね」
『そうなの?』
「そうですよね、雅人先輩」
『覚えてくれていたんだね、レディ』
 蛙はぴょこん、と茉理に飛びついた。
『君の記憶の片隅に、僕の存在があるなんて! それが確認出来ただけでも、僕は今、幸せでいっぱいだよ。ああっ、蛙になったこの身を、一瞬前までは後悔していたんだけど、こうして僕の気持ちを受け止めてくれる可愛いレディに会えるなんて、僕はなんて幸せな蛙なんだ』
「……とんでもないこと、思いついちゃったかも」
 頭の中に延々と響き渡るセリフにうんざりして、茉理はため息をつく。
 側で斎が、くすくす笑った。



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[ <22>−4 ]
2008/01/19(Sat) 20:28:43
『あ、電車、来た』
「ほんとだ。じゃあ、遠野君、また明日ね」
 茉理は手を振ると、自分の家に向かう電車に乗り込む。
人ごみに紛れ、見えなくなる彼女を目で追いながら、斎は心が高鳴るのを感じた。
(こんな風に誰かと挨拶できるなんて、夢みたいだ)
 誰かに手を振られ、じゃあ、また明日、と言ってもらえるなんてことは、思ってもみなかった。
(後野さんのおかげで、僕も少しずつ変わってきた)
 彼女と関わるようになってから、世界が広がったというかなんというか。
 満ち足りた思いで、ホームを去り行く電車を見送る。
 そんな彼を、雅人がえるは目を瞬かせ、手のひらの上から、じっと見つめていた。


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[ <22>−5 ]
2008/01/19(Sat) 20:33:35
 人気のない保健室で、直樹は三河 みちる教師と向き合っていた。
 あいかわらず彼は黒眼鏡をかけ、無表情で座っている。
「早川さん、最近よく来るのよ。元々体が弱い子なんだけど、エントリーされたこともあって、緊張してるみたいね」
 みちるはそう言うと、直樹をじっと見た。
「彼女を推薦したのは、あなただと聞いたわ、直樹君。やはり早川さんの資質に期待してのことでしょ? 彼女が、クリスティ本家を将来背負う帝様には必要と思ったから」
「まあ、そういうことになるのかな」
 表情を崩さない彼の落ち着いた声に、みちるは気おされまいと姿勢を正す。
「これは個人的な意見だけど、早川さんは本当にいい子よ。少し健康に注意しないといけない部分もあるけれど、直樹君が、彼女をよく支えてあげて欲しいの」
「……」
「例の一件、さっき早川さんから聞いたわ。自分でも止められなかったと言ってた。泣きながら、ベッドの中で」
「先生に、彼女が話したんですか」
「そうよ。あんなこと、してしまったのを、彼女自身も後悔していたわ――でもどうしても、あの子を見てたら、止められなかったって」



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[ <22>−6 ]
2008/01/23(Wed) 08:08:16
「そうですか」
「後野 茉理さんは、どなたがエントリーしたのかは知らないけど、わたしも正直あんまりだと思うわ。だって彼女、魔力がゼロなのよ? おまけに有力な魔族の親戚もいない。まったく普通の少女――そんな子が、どうして帝様の候補に挙げられたのか、理解に苦しむわね」
「そうでしょうね、普通は」
「そんな子と、優劣を競わないといけないなんて、早川さんにもプライドというものがあるわ。帝様だって、本当は後野さんに乗り気じゃないようだしね。なのに誰かの強引なエントリーによって、嫌々彼女を候補者にしている。帝様を慕う子にとっては、たまらないことよ」
 直樹はうなずくと、立ち上がり、一礼した。
「先生のお話は、よくわかりました。俺はこれで失礼します」
 彼は背を向けて、保健室のドアに向かう。



第一巻<22></