きつねこぶたの創作部屋

きつねこぶたの創作小説ブログです。ただいま<私立クリスティ 学園シリーズ>を連載しています。
[ <23>−3 ]
2008/02/01(Fri) 10:20:34
 斎の家で、人間に戻れたのはいいのだが(そのままちゃっかり泊り込み、斎と同じ部屋で寝るという特権まで行使した)、登校したら、さっそく彼のおっかけ女生徒たちに、『きゃーっ、雅人様よーっ』と黄色い声をあげられてしまい――。
 彼はまた、かえるに逆戻りしてしまったのだ。
 直樹の教室に抗議に行ったが、あっさり窓から跳ね飛ばされ、自分の教室の机の上でしょんぼりしていたら、クラスメイトにつつかれて、解剖されそうになる有様。
 しかたなく1年生のクラスに入り込み、斎のところで4時間目までかくまってもらったというわけだ。
 その間にも、一時間たってはトイレに駆け込み、人間に戻って教室に行こうとすれば、またまたすれ違う追っかけ女生徒たちの黄色い悲鳴に、かえるの姿に逆戻り。
『ああっ、なんということだ! これもこの僕の美しさがまねいた悲劇なのだ。きっと悪の魔術師 直樹は、僕の名声に嫉妬して、こんな姿に変えてしまったのだろう。これで僕は、生涯『かえるの王子様』として生きねばならない。チャーミングなレディたちの前で、無様にもかえるの姿に変身してしまう、哀れな生き物として――これ以上の悲劇があろうか!』


第一巻<23> / TB(-) / CM(-) /

[ <23>−4 ]
2008/02/02(Sat) 07:36:10
「……けっこう不気味かも」
「うん、陶酔してるかえるって、かなり見るに耐えない物だな」
『そうですね』
 3人は、かえるの姿になっても、一生懸命四足を駆使してポーズを取る雅人の根性に、開いた口がふさがらなかった。
「まあ、薔薇の花吹雪がないだけましか」
『そんなこと言ってると――あ、ほら、降ってきた』
 頭の上からちっさな花びらが、はらほらかえるの上に舞い落ちる。
「うーん、体がミニサイズになっちゃったから、魔力もほとんど無くなったのかな」
『そうですね、今の雅人先輩だったら』
「これで精一杯ってとこだよ、たぶん」
 最後のセリフに、3人は驚いて振り返る。
「やあ」
 思いっきり普通の顔で、直樹がそこに立っていた。




第一巻<23> / TB(-) / CM(-) /

[ <23>−5 ]
2008/02/03(Sun) 22:41:32
『諸悪の根源!』
『すごい表現するね、後野さん』
『うーん、でも確かにその言葉は、合ってるかも』
 三人はこの騒ぎの発端となった先輩を見て、とっさの感想を思念で会話した。
 口に出したら、どうなるかわからない。
 直樹はにやりと笑うと、3人の方に近づいてきた。
「お前たち、ここにいたのか。英司、斎、今すぐ生徒会室に行け。帝が心配してたぞ」
「あーっ、そうだった」
『雅人先輩のことで、生徒会室に行くのを忘れてましたね』
 二人は、あわてて茉理に手を振ると、屋上を出て行った。
「……」
 茉理の背に、冷や汗が流れる。
 別に直樹が怖いというわけではないのだが――。
(でもやっぱり関わりたくない人だわ、この先輩も)
 内心ため息をつきながら、彼女は今すぐ穏便に、この場を去る口実を探した。



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[ <23>−6 ]
2008/02/04(Mon) 23:00:37
 直樹は、つかつかとかえるに歩み寄る。
「やあ、まだ人間に戻れてないのかい」
「げこげこげこっ、げーっこげこっ」
 かえるは飛び跳ねて、直樹にせいいっぱいの抗議をした。
「うん、帝には報告しといたよ。意外とうけてたな」
『なっにーっ』
「そうか。思念会話という手があったか。じゃあ別に不便はないよな」
『これのどこが不便でないなんていうんだ! 直樹! 今すぐ中和剤を噴射しろ。この僕の美しき美貌を返せ』
「これで生徒会室にも、平和が戻るというものだ。俺もいい加減、薔薇の花吹雪と三文芝居には、あきあきしてたとこだから」
『直樹! 君は親友の僕を見捨てるのか』
「人聞き悪いこと言うなよ。お前は『変態の顔見知り』なんだから。いつから俺の親友に格上げされたんだ」



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[ <23>−7 ]
2008/02/04(Mon) 23:02:08
 取り付くしまもない言葉に、雅人がえるは悲劇のポーズを取る。
『ひどい……なんてことを言うんだ。そうか、わかったぞ、直樹。君は、密かにこの僕を思い続けていたんだね。だから僕の人望厚きことに胸を痛め、こんな姿にしてしまったんだ。こうすれば、生涯僕は君を追いかけ、その足元に跪いて、懇願しないといけなくなる。他の誰からも僕を独り占めできるというわけだ。ああっ、そうだったのか』
「……あのなあ」
『君の熱き思いを素直に伝えてくれさえしたら、僕だって受け止めたかもしれないのに――今からでも遅くはないよ。直樹、君が恋い慕う僕を、早く元の姿に戻してくれ。そうすれば一生君に変わらぬ熱情を捧げると誓ってもいい』
「妄想も、ここまでくれば立派に狂人だな」
 眼鏡をきらめかせ、直樹は冷たい目線を向けた。
「いい加減、その思念を止めろ。お前の考えてることは、全部はずれだ。この身の程知らずが」
『なんだとーっ』
「今回のことは、悪いが別口でね。ま、お前のことだ。そのうち気がつくさ」
 直樹の口ぶりに何かを感じ、雅人がえるは思念を止めた。



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[ <23>−8 ]
2008/02/04(Mon) 23:03:45
「あ、あの、わたし」
 茉理は、かえるとの会話を打ち切った直樹に、やっと声をかけた。
「そろそろ失礼します。5時間目、始まるし」
 一礼し、その場をささっと去ろうとしたその時。
 ポンと肩に手を置かれる。
「後野 茉理さん、君、人助けをする気はないかい?」
(な、ないですーっ)
 心の中でそう叫びつつも、茉理は目をあげた。
「実はこの対ちかんストーカー用スプレーは、特殊な魔法効果があってね。ま、要するに中和剤を作ることは不可能なんだ」
「えーっ、てことは、副会長は、永遠にこのまままなんですか」
 驚いて叫ぶ茉理に、重々しく直樹はうなずいた。
「そういうことだ」
(この人って……)
 茉理は絶句する。
(副会長も変態だけど、森崎先輩も十分変人だわ)
 まあ、あの生徒会メンバーに、まともな人を期待してはいけないのかもしれないが。



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[ <23>−9 ]
2008/02/05(Tue) 09:28:43
「帝の許可も下りてるし、雅人はこのままほっておくことになってるが――一応俺も、解決策を探してみたんだ」
 眼鏡をきらりとさせながら、直樹は続けた。
「魔力でなんとか出来ないものだから、当然現代科学でも太刀打ちできない。こうなったら昔の伝承に頼るしかないというわけでね」
「はい?」
「探してみたら、重要文献の中に、こんな伝説があった。これを実行できるのは、君しかいない」
「はあ……」
 わけがわからず、茉理は目を瞬かせる。
 直樹はかえるをつまみあげると、小脇に抱えていた大型の本を茉理に差出し、その上にかえるを乗せた。
「じゃ、そういうことでよろしく」
「え? あの、ちょっと」
 ふっと一陣の風が吹き、直樹の姿は空間に歪んで消えてしまった。
『ああっ、直樹君、ひどいじゃないか、空間転移するなんて!』
 逃げたなーっと思念で叫ぶ雅人の声を聞きながら、茉理は渡された本を見る。
 それはなんと絵本だった。
(これのどこが、重要文献?)
 大きな飾り文字で、題目が書いてある。
 題名を読んで、次の瞬間、茉理は絶叫した。
「な、な、なんなのーーーーっ!」
【かえるの王子様】
 それが、絵本の題目だった。




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[ <23>−10 ]
2008/02/05(Tue) 09:31:14

「あ、いたいた、ここですね」
 放課後。
 4階の男子トイレの一番奥。
 個室のドアを、英司はノックした。
「雅人先輩、俺ですよ」
「まわりに誰もいないか? 英司君」
「いませんよ、ってか、今、先輩、人間型でしょ。なんでそんなに警戒するんです?」
「……」
「それにここ、男子トイレですよ。女の子なんて、絶対にいませんから」
 悲鳴の上げようもないでしょう、と付け加えると、やっとドアが開いた。
「ふう、なんということだ。この僕が、こんな場所で一時間も過ごさねばならなかったとは」
「そうですよね。なんだってここにしたんです? 他にもいっぱい隠れ場所があったでしょうに」
「え?」
「男子更衣室とか、生徒会室とか――女子が入って来なさそうな場所なんて、いっぱいあるじゃないですか。なんでトイレなんです?」
 素朴な疑問に、雅人は返す言葉を失った。
 考えてみれば、わざわざどうしてトイレなんかに篭ったのか、自分でもよくわからない。
 女の子が来なくて、変身が解けても誰にもばれない場所――と思ったら、トイレしか思いつかなかったのだ。



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[ <23>−11 ]
2008/02/05(Tue) 09:33:48
「それにしても直樹の奴」
 薔薇を取り出して、香りを堪能しながら、雅人はぐちった。
「これはいくらなんでもあんまりだ。あいつにはデリカシーってものがないのか!」
 青筋を立てて、本気で怒っている様子に、英司は驚いた。
(あの雅人先輩が、怒ってる)
 普段から冗談と妄想のかたまりでしかないと思っていた先輩の、本気の姿を目の当たりにし、英司は目を丸くする。
「英司」
「はい」
「帝は、どこにいる?」
「生徒会室に、まだいると思いますけど」
 雅人の目が、すっと細められた。
「直樹も一緒かい?」
「え? 直樹先輩は、先に帰りましたよ。なんでも早川さんの家に寄るって」
「早川って、ああ、直樹推薦の彼女か」
「ほら、前回の一件を注意しにいくんじゃないですか」
 英司の答えを聞いて、雅人はすっと動いた。
「どこ行くんですか、先輩。そっちは窓ですよ」
 英司の呼びかけにもかまわずに、雅人は勢いよく窓を開け放った。
 そして、そこから外に飛び降りる。
「うわっ、先輩!」
 彼の姿が消えると、あわてて英司は窓枠に飛びついた。
 下を覗くと、雅人はいない。




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[ <23>−12 ]
2008/02/05(Tue) 09:35:12
「どこ探してんの? 英司君」
「あ……」
 上から降ってきた声に、英司はほっとする。
 見上げると、青い空をバックに、雅人は宙に浮いていた。
「浮遊魔法使うんなら、そう言ってくださいよ。ったく」
「おやあ、僕が悲しみのあまり、飛び降り自殺でもすると思ったの?」
 可愛いねえ、心配してくれて、とわしゃわしゃ髪をかき回され、英司は膨れた。
「やめてください。まあ、そうですよね。自殺なんて、雅人先輩らしくないし――第一、ここから飛び降りて死んだら、しゃれになりませんよね」
「そのとおり。誰が悲しくて、トイレの窓から飛び降りて、死なないといけないのよ。どうせだったら、美しきレディの膝にもたれて、僕のために流す涙を受けながら、瞼を閉じて永遠の眠りにつくのが理想的だね」
「はいはい、そうですか」
 いつもの雅人先輩だ、と英司は思い、胸をなでおろす。
「じゃ、ちょっと行ってくるから、留守番よろしく」
「はい、まかせといてください」
 元気に返事をしてから、英司は我にかえる。
「ってか、どうやってトイレで留守番するんですかーっ、雅人先輩っ」
 叫ぶ英司の声に微笑むと、雅人は手を振り、一路生徒会室の窓目がけて、飛び去った。




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[ <23>−13 ]
2008/02/05(Tue) 09:36:42
(まったくもう!)
 5時間目を終えて、掃除の箒を握りながら、茉理はぶつぶつ心の中でつぶやいた。
(何よ、あの絵本! 先輩は、わたしに何しろっていうの!?)
 まさか本の通りにしろなんて――考えて、茉理は背筋をぶるっと奮わせる。
(冗談じゃないわっ! 誰がそんなこと、するもんですかああっ)
 箒で思いっきり床を摺りまくり、掃くどころか埃を立ててしまう茉理を、クラスメイトの掃除当番たちは、遠巻きに見ていた。
 そう、今の茉理はわけがわからず、とにかく腹を立てており、遠目からでもはっきりとわかる、怒りのオーラがただよっていたのだ。
『後野さん? 今、どこ?』
 送られてきた思念に、茉理は気を落ち着かせながら答える。
『教室よ。今日、掃除当番だから』
『終わったら、教えて。今日は送っていくから』
「へっ?」
 思わず口に出して、驚いてしまう。
(遠野君? どうしたんだろう)
 突然送るなんて、一体どういうことだろう。
 茉理は首をかしげながら、せっせと箒を動かした。


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[ <23>−14 ]
2008/02/11(Mon) 13:12:27
「お待たせ」
 校門の横の桜の木の下で、斎は茉理を待っていた。
『ごめん、突然』
「いや、別にいいけど、どうかしたの?」
 通りすがりの生徒たちからの、好奇な目線を浴びながら、茉理は聞く。
『実はこれ、会長命令なんだ。今日は君を、家まで送っていけって』
「はあ? 何それ」
 ますますわけがわからなくて、茉理は困惑した。
 何故あの帝が、自分のことなんか気にかけるのだろう。
『僕にもよくわかんないけど、何か今日、あれからあった?』
 茉理は、唇を噛みしめる。
 その表情に、斎はため息をついた。
『やっぱり何かあったんだね』
「ていうか、わけがわからないっていうか――」
 茉理はまた腹が立ってきて、思わず早足になる。
『あ、待ってよ、後野さん』
 あわてて斎は、彼女のあとを追った。



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[ <23>−15 ]
2008/02/12(Tue) 13:27:49
『かえるの王子様?』
「そう」
 家の近所の公園で、二人はブランコに揺られていた。
 夕暮れの風が静かに吹き抜け、少し物寂しい雰囲気が漂っている。
 ブランコは、かなり古いので、揺らすとキキーッと金属のきしむ音がした。
『って、えーと、どういう話だったっけ』
 斎の問いに、茉理はためらいながらも説明する。
「えーと、昔ね、とっても綺麗なお姫様がいて、金色のまりを一つ、持ってたの。ある日、そのお気に入りのまりを、池に落としてしまってね、泣いていたら、かえるが出てきて、まりを取ってくれるって言ったの。そのかわり、お姫様の友達になりたいって願ったのよ」
『友達?』
「そう。同じお皿で食事して、同じベッドで眠りたいって言うの。お姫様はかえるがとてもみにくいから嫌だったけど、まりは欲しかったから承知したの。だからかえるからまりを受け取ると、一目散にお城へ帰っていった」
『ふーん、約束は保護にして?』
「でもかえるは、お城までやってきて、王様に言いつけたのよね。そしたら王様は約束は守らないといけない、とかえるとの約束を、お姫様に守らせるの。そして夜、一緒のお部屋に入ったとき、かえるは言うのよ。お姫様にキスして欲しいって、そして一緒に眠りたいって」



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[ <23>−16 ]
2008/02/13(Wed) 13:33:39
『……あの、さ』
 斎は、低い困惑した声で聞いた。
『そういう内容なわけ?』
「そうよ」
『で、かえるの雅人先輩と、そんな内容の絵本を渡して、じゃ、よろしくって直樹先輩は、行ってしまったわけ?』
「うん」
 茉理は、ブランコを揺らしながら、天を仰いだ。
「一体わたしにどうしろっていうことなのかなあ」
『まさか、その絵本の通りに……』
「なっ、やめてよっ、冗談じゃないっ」
 茉理は、顔を真っ赤にさせて、怒鳴った。
「絶対嫌ですからね、わたし、雅人先輩と一緒に寝るのも、……キスするのも、絶対絶対お断りよっ!」
 肩を怒らせ、震える彼女に、斎はかける言葉を失った。
 しばらく顔を伏せていた茉理だったが、やがて顔をあげて、わざと笑みを作る。
「ごめん、遠野君、送ってくれてありがとう」
 うち、近いから、ここまででいいよ、とつぶやくと、彼女はさっと立ち上がり、公園を走り去る。
 その姿を見送りながら、斎はやるせない感情をもてあまし、またため息をついた。





第一巻<23> / TB(-) / CM(-) /

[ <24>−1 ]
2008/02/14(Thu) 16:24:26
 純日本風の家屋は、なにやら物静かな感じがする。
 離れの座敷に通されて、直樹は漠然とそう感じた。
 目の前に座っている少年のせいかもしれないが――。
 卓を挟んで向かい側に、早川 明人が座っていた。
 人目を引きそうな容姿を持ちながら、何故か彼にはおぼろげな所があった。
 軽く浮かべる笑みも、数分のちには泡のごとく消えてしまいそうな――そんな実体のない何かを持っている存在。
「せっかく先輩がおいで下さったのに、妹がいなくて恐縮です」
 大人びた口調で、彼は少し頭を下げた。
「いや、気にしないでくれ。たいした用じゃないしね」
(むしろ好都合だな)
 直樹は眼鏡のフレームを指であげつつ、微笑んだ。
 そう、自分は、早川 響子ではなく、彼にも興味があった。
 一度彼女のいないときに、明人と会っておきたいと思っていたのだが、意外と早くその機会が来たことに、自分でも内心驚いている。


 追記:日記帳に、つたないものですが、バレンタイン限定SSをアップしています。
     お時間のある方は、そちらもどうぞ。

第一巻<24> / TB(-) / CM(-) /

[ <24>−2 ]
2008/02/15(Fri) 09:02:11
「君も驚いただろう。響子さんが、いきなりエントリーされて」
「そうですね。でも妹は、僕と違って優秀です。帝様の良いお力になると思うのです」
 何の屈託もない笑顔で、彼はそうつぶやく。
「いいのかい? 帝に響子さんを渡してしまって」
 冷めかけた茶を口にしつつ、さりげなく聞くと、明人は不思議そうな顔をした。
「響子にとっては、いいことじゃないですか。帝様なら、響子を大事にしてくださるでしょうし、兄貴としては嬉しい限りです」
「兄貴として、はね」
 直樹は湯のみを置くと、明人を真正面から見た。
「単刀直入に聞くけど、君は響子さんを、どう思ってるんだい?」
「どうって……妹です。それだけですよ」
 少々挑むように、目を光らせながら、明人は答えた。
「気を悪くしたらすまないが、校内に嫌なうわさが飛び交っていてね。一応確認しておきたかったんだ」
「先輩も、あんな変な醜聞を信じるのですか。僕が響子を兄としてではなく、一人の男として想っていると?」
「君は、早川家の養子だそうじゃないか。世間から見たら、養子ってのは、上に『婿』もつけられるからね」



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[ <24>−3 ]
2008/02/16(Sat) 13:50:06
 激しい反論を予測していた直樹だが、予想に反して、明人は目を伏せただけだった。
「……僕は、本当に響子とは何でもないんです。信じてください」
 消え入るような声が、耳に届く。
 直樹はため息をつくと、微笑んで言った。
「君にその気持ちがないことは、よくわかったよ。変なことを聞いて、こちらこそすまない」
「いいえ……」
 俯き、明人はしばらく顔をあげなかった。
 池の鯉が跳ねる音すら聞こえてくるほどの、長く重い沈黙が続く。
(こんなことだけで終わるわけにはいかないな)
 せっかくの機会だ。
 あのことを確かめねば。




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[ <24>−4 ]
2008/02/17(Sun) 14:19:38
 直樹は心を決めると、沈黙を破った。
「そういえば君は、幼い頃の記憶がないそうだね」
「はい」
 明人は顔をあげ、うなずく。
「ここに引き取られてくる以前の記憶が、僕にはありません。母が再婚した当時は覚えていたはずなのに――いつの間にか少しずつ、記憶が薄くなって、消えてしまったんです」
「そうか」
「でも別に日常に支障はないし、大体のことは母から聞いています。住んでいたところとか、通っていた小学校のこととか」
「思い出したくはないかい?」
 直樹の問いに、明人は目を瞬かせた。
「思い出せるんですか。母とあちこち病院やカウンセリングを回ったんですが、何の変化もありませんでした。もうむずかしいんじゃないかと思っていたんです」




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[ <24>−5 ]
2008/02/18(Mon) 13:02:17
「そうか。いや、それならむずかしいだろうな」
 直樹は自嘲気味につぶやくと、すっと右手を彼の顔の前にかざした。
「失礼」
 そう言うと、口の中で呪文をつぶやく。
「――早世の時より生命を育みし水の力よ、彼の内に流れし水流よ、我に内実を明かせ!」
 カッとかざした手のひらから光が発し、明人の瞳が虚ろになった。
 手のひらから魔力を放出し、直樹は彼の額に幾筋も流れる毛細血管の流れに、己の意識を乗せる。
 脳に達するまで、一瞬の間だった。
 記憶を担当する部分を探り出し、中を透視する。
(ふん……やはりな)
 直樹は、自分の脳裏にイメージとして送り込まれる、明人の記憶の状態を感知して思った。
(過去の記憶は、ほとんどすべて抹消されている。何を目的にしたのか――過去の魔族であることに対するショックを消そうとしたのか、それとも)
 考えながら、奥へ意識を潜らせると、ある部分にたどり着いた。
(これは……なんだ? ここだけ記憶が封印されている)
 ほとんどの記憶は消されているのに、そこだけは堅く閉じられていて、進入出来ない。
(大事な記憶――おそらく自分がどうしても忘れたくないことを、ここに封じて保護したのだろう。魔力による消去攻撃から守るために……)




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[ <24>−6 ]
2008/02/19(Tue) 08:17:24
 直樹は更に魔力を注ぎ込み、その閉じられた空間に侵入しようと試みた。
(くっ……なかなか頑固だな。だが――)
 クリスティ一族の血と魔力を色濃く受け継ぐ彼には、さすがに封印もたじろいた。
 少しだけだが隙間が出来、直樹はそこからわずかな記憶の断片を見る。
 少女が、笑っていた。
 笑って、手を差し伸べている。
 少し待つと、別な表情になった。
 彼女が走っていた。
 ずっと走って、追いかけてくる。
『待ってるから!』
 少女は、思いっきり叫んだ。
『わたし、待ってるからね、お兄ちゃんのこと!』
 泣きながら、必死に手を振る少女の顔は、直樹が知っている者とよく似ていた。
(そうか、君にも大切な存在だったのか――彼女は)



第一巻<24> / TB(-) / CM(-) /

[ <24>−7 ]
2008/02/20(Wed) 08:25:28
 直樹はふっと息を吐くと、手のひらを戻した。
 まだ瞳に力のない明人の顔面で、パンッと両手を一回打つ。
「あ……先輩? 僕は一体……」
 頭を振ると、明人は正気に返った。
「すみません、突然ぼーっとしてしまって」
「いいや、いいんだよ。きっと暑さにでもやられたんだろう」
 今は春なのに、突っ込みたくなるような一言を残し、直樹は立ち上がった。
「今日はこれで失礼するよ。響子さんによろしく」
 縁側に出て、玄関に向かう彼に、明人はあわててついていく。
 玄関まで見送りにきてくれた彼に、直樹は言った。
「じゃ、また明日。今日は早く休んだ方がいいぞ。宿題は、早めにしておけよ」
「はあ……あ、先輩、お気をつけて」
 軽く返礼をすると、直樹は早川家を出て行った。



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[ <24>−8 ]
2008/02/21(Thu) 14:20:55
(早川 響子か)
 自宅へと帰宅する車の中で、直樹は軽く目を閉じた。
 彼女と初めて会ったのは、一体何時のことだったろう。
 どこか冷たい微笑を浮かべ――とても無邪気な小学生とは思えない、大人びた笑みだった――彼女は自分に声をかけてきた。
「森崎 直樹様ですか」
 その瞳に、激しい炎が揺らめいているのを、子どもながら直樹は感じた。
 同じ年頃の子どもたちとは、どこか彼女は違っていた。
 魔術の天才少女として、早くから響子が大人の世界を垣間見て過ごしていることを知っていたから、彼女のそんな雰囲気に、特別驚くこともなかった。
 自分も、同じく大人たちの狭間に揺られて生きている存在だったからか、他の者たちより、親近感が沸いたのは事実である。
 そのせいか他の誰にも話したことのない内容まで、彼女と共有してしまった。
(その結果が生み出したのが、早川 明人――)




第一巻<24>