きつねこぶたの創作部屋

きつねこぶたの創作小説ブログです。ただいま<私立クリスティ 学園シリーズ>を連載しています。
[ <25>−1 ]
2008/03/02(Sun) 16:14:07
 数日が、何事もなく過ぎ去る。
(これ……どうしよっかな)
 昼休み、茉理は絵本を片手に、屋上でぼーっとしていた。
 あれから生徒会メンバーとは会っていない。
(雅人先輩、どうしたかな。ちゃんと元の体に戻れたかなあ)
 校内でかえるの姿をみかけたという話はないから、大丈夫になったんだろうが。
『後野さん、今、どこ?』
 ふいに思念が送られてきても、茉理は驚かなかった。
『今は屋上。一人でぼーっとしてるよ』
『そっか』
『遠野君は?』
『僕? 僕は生徒会室。帝先輩のかわりに、ご意見箱の中身を整理中』
 ふうん、と茉理はつぶやき、一人空を仰いだ。
「御機嫌よう、レディ」
「わっ!」
 突然目の前に薔薇の花を差し出され、彼女は思いっきりのけぞる。
『どうしたの?』
『あ……雅人先輩が、目の前に』
『そっか。じゃ、僕は一旦これで』
 思念は消え、茉理はあわてて居住まいを正した。





第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−2 ]
2008/03/03(Mon) 22:39:12
 微笑んで、いつもよりぎこちないポーズをする雅人に、彼女は首をかしげた。
(なんか違うな――ポーズが決まってないっていうか)
 トレードマークの薔薇は、右手に持っているだけで、いつものように香りを楽しんだり、口元に持ってきて、さりげなく格好つけたりしない。
 茉理の不思議そうな目線に気づき、雅人は苦笑した。
「やあっぱばれてるな。俺って修行が足りないよね」
 けっこう通用するんだけどね、とつぶやきながら、雅人はぼりぼり頭をかく。
 茉理は、いよいよ目が点になった。
(雅人先輩、どうしたわけ? 突然イメージ崩れちゃってる)
 思いっきり見つめられ、雅人はにやっと笑って、指を一回はじく。
「う……うわわわーっ!」
「あっ、驚いた? ごめん、君って初めてだったんだ」
 雅人の姿が一瞬歪み、揺らいだあとにまたはっきりした。
 でもそこにいたのは――。




第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−3 ]
2008/03/04(Tue) 09:36:16
「や、や、や、山下先輩っ!」
「正解。俺だよ」
 にこっと英司は、微笑みかける。
「今のね、変身魔法。でも俺、あんまり得意じゃないんだな」
「……」
「ちなみに雅人先輩は、変化の魔術の超天才なんだ。俺なんてまだまだ――よくしごかれてるけどね」
「はあ……」
 最初の驚きが消えると、茉理は胸に手を当てた。
(この学校って本当に――わたし、卒業まで心臓が持つかしら)
 心なしかため息まで出る。
「大丈夫? 顔、青いけど」
「そりゃあ、誰だって驚きますよ。突然人が、別な人間に変身しちゃったら」
「まあ、そうか。俺たち、けっこうよくやるから、慣れちゃってんだなあ」
 さらっと言われ、茉理はますます肩が重くなった。
(普通の神経じゃ、ついてけないわ)



第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−4 ]
2008/03/05(Wed) 09:45:53
「でもどうして山下先輩が、雅人先輩に化けてるんですか」
「ああ、会長命令でね。授業以外でどうしても雅人先輩じゃなきゃいけないこと――委員会とか、体育系クラブの助っ人とかは、しばらく俺が変身して代理で出ることにしたんだ」
「雅人先輩は、どうかしたんですか」
「本人はいたって元気だよ。でも例のスプレー効果は、まだ顕在でね。おかげで廊下をまともに歩くわけにはいかなくなったんだ」
「それで山下先輩が、身代わりですか」
「うん、事が収まるまで、雅人先輩は休み時間とか教室を出るときは、俺とか帝とか、別な生徒に変化してるんだ。そうしたら見つけられても、まず悲鳴をあげられないだろ?」
「まあ、確かに」
「俺は目の前で悲鳴があがっても、別にかえるにならないから問題ないし。ま、しばらくの間の応急処置ってことかな」
 ふう、と息を吐くと、英司は肩をまわす。


第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−5 ]
2008/03/06(Thu) 09:22:29
「あー、でも他人に成りすますって、とっても疲れるなあ。ずっと神経張りっぱなしだし」
「それはまだまだ修行が足りない証拠だよ、え・い・じ・君」
 突然耳元でささやかれ、英司は腰が抜けて座り込んでしまう。
「ま、雅人先輩っ。おとなしく生徒会室に篭ってる予定じゃなかったんですか」
「いやだなあ、英司君。僕は君が僕の姿で何かトラブルに巻き込まれてないか、心配で見に来たんじゃないか。後輩を想う、この気持ち、君なら受け止めてくれるだろ? ん?」
(この人も、進出気没だわ)
 突然英司の背後に現れた雅人を見て、茉理はこめかみを押さえた。
 もう何も言う気になれない。
 思いっきり脱力した茉理は、まだ立てずにいる英司に手を差し出した。
 英司は、彼女の手につかまって、立ち上がる。
「ありがとう。それにしても先輩、どうしてここに?」
「僕の可愛い英司君が、浮気してないか心配でね」
 茉理は耳を疑った。
(えーと、この二人ってどういう関係なの?)





第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−6 ]
2008/03/07(Fri) 09:56:35
「ちょっ、先輩、変なこと言うのはやめてくださいよ。誤解されちゃうじゃないですか」
あせって雅人に飛びかった英司を、彼は笑ってひらりとかわず。
そして背後にまわると、英司をぎゅっと抱きしめた。
「うわっ、離してください」」
「つれないなあ、英司君。僕は君に会えなくて、とても寂しく思っていたのに」
もがく英司と、ますます腕に力を込める雅人。
(うっ……やっぱりそういう関係なのね)
茉理は、半ばあきれながら後ずさりした。
(これ以上関わったら、こっちまで頭がおかしくなりそうだわ)
この場は逃げるのが一番。
「あ、あの、わたし、失礼します」
「ちょっと、後野さん、行かないでくれーっ」
「バイバーイ、レディ」
「ばいばいじゃなくてっ、お願いだから、この変人と二人っきりにするなあーっ」
英司の叫びもむなしく、茉理は立ち去っていった。



第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−7 ]
2008/03/08(Sat) 09:38:27
「さっすがレディ、ちゃんと気を利かせてくれたね」
「流石じゃないですよっ。気を利かせてくれたんじゃなくて、あれは逃げたんです!」
 顔を真っ赤にして、英司は怒鳴る。
「いい加減にしてくださいよ、先輩。何なんですか、もう」
 彼の腕から逃れると、英司は本気で雅人をにらみつけた。
「俺だって限界ですよ。身内じゃない人間の前で、変な言動は謹んでください」
 彼の怒りに、雅人はふっと微笑む。
「まだまだお子様だね、英司君」
「なっ」
「時には変人と思わせておいた方が、都合が良いこともあるんでね。得に僕らのような場合は」
 少し真剣な雅人の口調に、英司の怒りが少しずつ治まった。
「ふふっ、少しは僕のことを理解してくれたかな」
 雅人は満足そうに笑うと、黙り込んだ英司の髪をわしゃわしゃとかき回す。
「英司、気づいてるとは思うけど、彼女は普通の魔族じゃない」
「やっぱりそうなんですか」
「まだ断定は出来ないんだけどね。僕たち――いや、ひいては世界の危機につながる存在になるかもしれないんだ」
「はあ?」
 英司は目を瞬かせる。いきなりスケールのでかい話だ。





第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−8 ]
2008/03/10(Mon) 12:28:45
「君は疑問に思ったことはないのかい。どうして僕たちクリスティ一族が、他の魔族たちより重要視されているのか」
「そりゃあ、最初にこの国に魔族を率いて移住してきたリーダーの子孫だからじゃないんですか」
「それだけで、ここまで他の魔族から敬意を表されると思うのかい。大体魔族っていうのは、元来実力主義なものなんだからね。君と帝は、来年15歳で成人する。そのとき、すべては明かされることになるだろう。僕たちが存在する、真の目的が」
 英司は考え込んだ。
 直樹と雅人は、15歳になる年の新年に、成人の儀式を行った。
 それは一族の成人のみが参席出来るため、帝も英司もその場にはいなかったから、具体的なことは知らない。
(確かにそう言われてみれば、変だよな)
 クリスティの他にも由緒ある魔族の血筋は存在し、中には強力な魔力を誇る者たちもいる。
 そういう者たちですら、クリステイ一族には礼をつくし、帝を帝王のごとく奉っているのだ。
 それは何故なのか。
 今時の日本社会では、むしろそういう行為は邪魔でしかなく、異端とみなされるだけで、日常生活に支障まできたすだろうに。
 それでも皆、自分たちに敬意を示し、服従するのはどうしてなのか。



第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−9 ]
2008/03/10(Mon) 12:31:59
 難しい顔の英司を、雅人は少し悲しげな目で見つめた。
(よもや僕たちの時代に、こんな自体と遭遇するなんて思いもしなかったな)
 これからもっと大変なことが待っている。
 超えていけるのかわからない程、辛いことが――。
「ま、そう深刻な顔しなくても、大丈夫だよ、英司君」
 いつもの茶化した口調に戻し、雅人は英司の肩を引き寄せた。
「心配しなくても、君は一人じゃない。そうだろう?」
「そうですね」
 英司は、やっと笑みをみせる。
 顔がいつもより引き締まっていた。
「よくわからないけど、俺は俺に出来るせいいっぱいのことをやりますよ。それでいいですよね、先輩」
「そうそう、その調子」
 雅人は景気付けに、ばんばんと後輩の背中を叩いた。
「で、直樹の奴は、あのレディの力を目覚めさせようとしていてね。それには力を使わざるを得ない状況に、彼女を追い込むのが一番なんだ」
「って、直樹先輩には、後野さんが何なのか、わかっているということですか」
 英司は驚く。
「どうして帝に知らせないんです?」
「それは成人になったとき明かされる、一族の過去と受けた運命に関わりがあるからさ。成人でない君たちに教えていいものかどうか、僕たちの独断で判断は出来ない」
「そうですか」




第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−10 ]
2008/03/11(Tue) 10:10:30
「これから彼女のまわりで、いろんなことが起きるよ。直樹はもっとちょっかいを出すだろうし、もちろんこの僕も」
「彼女の力を、目覚めさせるためにですか」
「まあ、そういうことだね。もし僕たちの予想が当たっていたら、彼女は僕たちにとって必要な存在となるだろうし、力が目覚めていなかったら、いろいろ面倒なことになる」
 軽く髪をかきあげ、雅人は英司を見た。
「でもなんだか君と帝が成人になる前に、事が起こりそうなのが僕には気になる。直樹はそう思っていないようだが――何も知らないまま、もし一大事になったら大変だ。話せるぎりぎりのとこまでは教えておくべきだと僕は判断したんだ。だから今、君にここまで話しておくよ」
「帝は? 帝も知ってるんですか」
「いいや、彼にはまだ……」
 雅人はそうつぶやくと、目を伏せた。
「彼はね、英司。今の帝は、本当の帝じゃない」
「は?」
「君は見たことがなかったよね。彼が本気で怒ったところを」
「ってよく怒ってるじゃないですか」
 英司は首をひねる。



第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−11 ]
2008/03/12(Wed) 21:49:27
「いや、おそらくそれは本気モードじゃなくて、帝のほんの一部分――彼が無意識に作り上げ、演じている『クリスティ本家の跡取り』の怒りであるだけだ。『伊集院 帝』本人の本当の姿じゃない」
「……」
「いつか君も、本気の彼を見たならわかるよ。それまでは何を言っても理解出来ないだろう」
 英司の眉が困惑に寄ってしまったのを見て、雅人は付け加える。
「だから今の帝には、いろいろ教えられないんだ。まずは彼を本気モードにしないと――普段の生活でもね」
「やっぱり、よくわからないや、俺」
 英司は頭をがしがしかくと、笑顔を見せた。
「もういいや。俺、考えるのは苦手だし。でもこれだけはわかります。直樹先輩と雅人先輩は、ちゃんと帝や俺たちのことを考えてくれてるって。だからとにかく俺は、ついていきますよ、先輩たちにね」
「素直でよろしい。英司君はそうでなくちゃ」
 雅人はいつもの作った微笑ではなく、心からの笑顔を見せた。



第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−12 ]
2008/03/13(Thu) 15:41:51
 長いようで短い休み時間は終わりを告げ、5時間目が始まった。
(数学かあ)
 苦手な公式が連なった黒板を前に、頭を真っ白にしながら、茉理は一時間を過ごす。
 ノートに書き取り、問題を解き始めていると――。
(え?)
 突然、彼女の筆箱が消えてしまった。
(あ……あれ? 落としたかな?)
 あわてて下を向くが、どこにもない。
(変なの。……って、え? 教科書は?)
 また机に目線を戻すと、下を見た一瞬の隙に、教科書が無くなってしまっていた。
(何なの、一体――また嫌がらせ?)
 眉をひそめた茉理は、床の隅に目をやり、はっとした。
(うっ……あれって……)
 嫌な物を見てしまい、一瞬眼をそらしたが、また思いついて、『それ』に近づく。
 床に落ちてる『それ』をこわごわティッシュでつまむと、そっと数学のノートにはさんだ。
 そして、わざとぼーっと窓の外を見る。
 次に机の上をみたとき、予想どおりにノートが消えてしまっていた。
(あーあ、先生回ってきたら、なんて言おう)
 みんな無くなってしまったなあ、と思いつつ、茉理は微笑んだ。
(ま、いーけどね。少しはお返しになったでしょ)



第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−13 ]
2008/03/14(Fri) 22:56:28
 1年E組は、日本史の時間だった。
 教室は比較的静かで、教師の鼻にかかった声が教科書を読み上げていく。
『いい天気だなあ』
 斎は窓辺の席で、ぼーっとそんなことを考えていた。
 すると――。
「きゃああああーっ! 何よ、これ!」
 教室中を貫くような悲鳴が上がり、クラス全員が飛び上がった。
「どうした! 早川!」
 担任が、椅子から飛び上がって震える響子に歩み寄る。
「やあっ、嫌っ、わたし、こんなの嫌いっ」
 響子は床を足でばんばん踏みつけ、黒い物体から逃れようとした。
 机が揺れて、教科書やノートが床に落ちる。
 床を見て、教師は目を丸くした。
「なんだ、ゴキブリじゃないか」
「いやあっ、先生、早く捨ててくださいっ」
 涙目で懇願する彼女に、教師は肩をすくめ、ティッシュでつまんでゴミ箱に入れた。




第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−14 ]
2008/03/15(Sat) 20:42:09
「みんな、席につけ!」
 好奇心旺盛に立ち上がっていた生徒たちは、みな席に戻る。
 斎は響子の机の側にいたので、ちらばった教科書やノートを拾い集めてやった。
 ふと彼の目が、手に集めた教科書とノートに走る。
 一瞬驚愕の表情が浮かび、次にそれは険しい顔になった。
 彼は、黙って響子にノートを差し出す。
「斎様、ありがとうございます」
 目を潤ませながら、彼女はノートを受け取ろうとした。
 しかし――。
「斎様?」
 彼は、厳しい目をして彼女を睨み、ノートを離そうとしない。
 響子は彼の目線に敵意を感じ、ぞくっとした。
(何なの?)
 ノートを見て、彼女ははっとする。
 そこには黒のマジックで、持ち主の名前が書いてあったのだ。
 ――一年A組 後野 茉理。
 しかも数学のノート。今、ここでは日本史をやっているというのに……。




第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <25>−15 ]
2008/03/16(Sun) 16:33:07
 ふっと綺麗な唇で響子は笑う。
 それは、滅多に見せたことのない妖しい微笑みだった。
「斎様、ご親切感謝しますわ。そのノート、斎様から持ち主にお返しくださいな」
 斎は黙って、ノートを引っ込めた。
 そして静かに自分の席に戻る。
 冷めた瞳で、響子は彼を見た。
(ふふふ……所詮あいつは、クリスティとは名ばかりの実力よ。わたしが本気になれば、いつでも始末出来るわ)
 呪いゆえに彼が本来持つ魔力は制限され、ろくに魔法を使うどころか体を維持するのでせいいいっぱいであると、響子は思い込んでいた。
 自分の実力なら、彼など紙を燃やすぐらいの能力で、簡単に追い詰められる。
(何も出来ないクリスティのお荷物のくせに、いきがっちゃってさ。みてらっしゃい! わたしが帝様のクイーンになったら、あんたなんか真っ先に僕にしてこき使ってあげる)
 野心たっぷりのその目は、あたかもはるか昔、日本を支え、時には狂わせてきたであろう、古代神話の巫女のようであった。


第一巻<25> / TB(-) / CM(-) /

[ <26>−1 ]
2008/03/18(Tue) 20:25:39
 放課後になった。
(結局戻ってきたわけね)
 茉理は教科書をそろえてかばんに入れながら、軽く息をついた。
 5時間目が終わったあと、消えた教科書とノートが、また机の上に出現したのだ。
(やっぱり『死んだゴキブリ』効果は、高かったのかしら)
 茉理はかばんを持つと、教室を出た。
 うーんと伸びをして、廊下を歩く。
 ふと校庭を見ると、特館が目に入った。
 古びた趣のある洋館は、今、つつじの植え込みが満開で、綺麗だった。
(ちょっと寄っていこうかな。いい天気だし)
 茉理はそう考えて、足を特館に向けた。


第一巻<26> / TB(-) / CM(-) /

[ <26>−2 ]
2008/03/18(Tue) 20:26:49
「失礼しました」
 日直の日誌を担任に渡すと、英司はほっと一息ついた。
(えーとあとは……)
 彼は小型PCを取り出し、キーを打って画面を出す。
 そこには迷惑きわまりないメッセージが残されていた。
【ヤッホー、僕の愛する英司君、本日は野球部の練習試合につきあってくれたまえ。ああ、それから必ずホームランを三本は決めてくれよ。じゃあね。雅人より】
(野球か――あんまり好きじゃないんだけどな)
 英司はため息をつく。
 彼の持ち前の運動神経を持ってすれば、たいていのスポーツは文句なくこなせるが、それでも本人の好き嫌いはあるというものだ。
(しゃーないよな。こんな生活、いつまで続くんだろ?)
 直樹のスプレー効果は、当分切れそうもないし。
 がっくり肩を落としながら、英司は変身するために、男子トイレに入っていった。





第一巻<26> / TB(-) / CM(-) /

[ <26>−3 ]
2008/03/19(Wed) 23:28:48
 小さな白いベンチには、暖かな日差しが注がれていた。
 茉理は鞄を横に置くと、ベンチに座って、のどかな風景を楽しむ。
 外観はつつじが咲き乱れていたが、裏のこの庭には薔薇がいっぱいだった。
 向こうに見える温室には、まだ入ったことはないが、きっとあそこも綺麗だろう、と茉理は想像する。
 せっかくなので、図書室から借りてきた本を引っ張り出した。
【魔法の国の巫女姫】
 童話みたいな児童書は、今の茉理の読書レベルにぴったりだ。
 表紙は若葉色で、金の飾り文字で題目が書かれている。
 そこまで厚みはなさそうだったので、今度の読書感想文の宿題はこれにしようと決め、借りてきてあった。
 そっと彼女は、ページを開く。
(うわっ、綺麗……)
 見開きの幻想的な絵に、彼女は魅せられた。
 どこかの聖堂を思わせる、祭壇のある大広間。
 たくさんの風変わりな衣装をつけた魔法使いたちが、皆そろって跪いていた。
 彼らの前には、黒いローブを纏った銀色の髪の少女が立っている。
(【5ページより、聖魔巫女に拝謁する魔族達】か。この女の子が、主人公なのね)
 茉理は、そっと指で少女の絵に触れた。
 気のせいか、彼女の瞳は赤くルビーに輝き、そしてとても悲しそうだ。
(この本って、ハッピーエンドじゃなかったりして……)



第一巻<26> / TB(-) / CM(-) /

[ <26>−4 ]
2008/03/20(Thu) 12:58:29
 悲しい話は、いまいちなんだけど、と思いながら、茉理はページをめくった。
 するとまた挿絵があった。
 今度は、先ほどの少女が二人、描かれている。
 双子と思うほど左右対称で、二人の少女は寄り添っていた。
 一人は銀の髪、一人は真っ黒な闇色の髪。
 瞳の色もそれぞれ違うが、輪郭、悲しそうな表情はすべて同じで、纏うローブも同じだった。
(双子だったのかな)
 茉理は、ちらりと絵を見ると、またページをめくった。
 今度は、乙女心をくすぐる絵だった。
 銀の髪の少女が横向きに立っており、足元に騎士のような青年が跪いている。
 彼は少女のローブの裾をうやうやしく持つと、誓いをするかのように、それに口付けていた。
(恋愛物語なのかな)
 ますます好奇心をそそられて、茉理はページをめくる。
 すると今度も、また絵だった。
(本文まで行くまでに、あとどれだけ絵なのかしら……でもこの絵って)



第一巻<26> / TB(-) / CM(-) /

[ <26>−5 ]
2008/03/21(Fri) 09:27:25
 茉理は、息を飲み込んだ。
 次に現れた絵は、あまり情操教育に良さそうなものではなかった。
 黒髪の少女が、黒いマントをつけた美青年に、抱きしめられている。
 少女の瞳からは涙が流れ、口元は苦痛で歪んでいた。
 美青年は少女の喉元に、キスをしているかのように唇をあてがっている。
 でもその口元からは、真っ赤な血が一筋たれている――そんなまがまがしい絵だった。
 茉理の脳裏に、その絵はあまりにも鮮明に映った。
『巫女姫よ、わたしの永遠の愛をうけるがいい』
『愛しい方、どうぞわたくしをあなたの物に――これはわたくしが選んだ運命です。誰にも止められない、そして後悔しない道なのです』
『姫』
『どうぞ、あなたの唇で、わたくしをあなたの一族にしてください』
「だ、だめええーっ!」
 咄嗟に悲鳴をあげ、茉理は本を地面にたたきつけた。
 はあ、はあ、はあ……。
 茉理は、体を両手で抱え、震えた。
 目からは何故か涙が流れる。
(どうしちゃったの……わたし)
 どうしてか、この絵をみた瞬間。
 その情景が、現実にあった出来事のように、脳内に再現された。
 そして心の奥底から這い上がってくる嫌悪感と悲しみは一体――。
(なんだったの? この本は何よ!)




第一巻<26> / TB(-) / CM(-) /

[ <26>−6 ]
2008/03/22(Sat) 08:56:45
 茉理はなんとか気を取り直し、そろそろと本に手を伸ばす。
 震える心を抑え、またページをめくると、今までみた絵のすべてが消えていた。
(嘘! 魔法の本――なのかな)
 茉理は首をかしげながら、ベンチに座り直す。
 今度は、きちんと文字だけがページを埋めていた。
(気のせい? まさかね)
 茉理は頭を切り替えると、ゆっくり本文を読み始めた。



(おー、やってるやってる)
 放課後の校庭。
 一角にグラウンドが整備され、ユニフォームを着込んだ生徒たちが、位置について、気合を入れている。
 あちこちから黄色い声援が飛び交った。
「きゃーっ、雅人様―っ」
「ファイト! 雅人様っ」
 カキーンッ。
 皆の声援に答えるように、バッターの雅人は、真っ直ぐ伸びるボールを打った。
「きゃあーっ! ホームランよーっ」
「雅人様、すてきーっ」
(ほほう、こりゃすごいなあ。僕の人気がまた急上昇。英司君、君は本当によくやってくれるよ)
 思いたってホームラン3本などとノルマを科したが、彼は苦もなく、それをクリアしそうだ。
 英司の姿をした雅人は、少し離れた位置から、練習試合を眺めていた。
(ちょっと様子を見に来てみたけど、これなら大丈夫そうだな)



第一巻<26> / TB(-) / CM(-) /

[ <26>−7 ]
2008/03/24(Mon) 08:47:54
 英司はクリスティの中でも高い魔力を持っているが、まだまだ帝や雅人たちには及ばない。
 連日の変身術連発生活は、そろそろきつくなってないか、雅人は少々不安だった。
 本人が聞いたら、だったら助っ人なんて引き受けるな、とユデダコのごとく沸騰して怒りそうだが――。
(ふふっ、でも僕の取り越し苦労だったみたいだね。君もしっかりトレーニングして、一応魔力のレベルを上げてるようだ)
 満足げに英司の姿で微笑むと、雅人は踵を返す。
と、そのとき――。
「伊集院 雅人様」
 呼ばれて、彼はへっという顔をした。
「えーと、君は、あっちに向かって言ったんだよね。ははっ」
 妖しい瞳で自分を射抜く早川 響子に、雅人は無邪気な笑みを浮かべる。
「君は確か、直樹先輩の推薦した、帝の彼女候補だっけ」
「わたしのことをご存知なんて、光栄ですわ。雅人様」
 少女は笑みを崩さず、彼の前に立ちふさがった。