きつねこぶたの創作部屋

きつねこぶたの創作小説ブログです。ただいま<私立クリスティ 学園シリーズ>を連載しています。
[ <33>−8 ]
2008/07/02(Wed) 11:39:02
 特館から校舎に戻ろうと、帝は校庭を横切っていた。
(結局収穫なしか)
 思いつくまま書庫の書物をあさってみたが、異次元に飛ばされたものの位置を正確に知る魔術はみつかっていない。
 異次元を自由に渡るには、高度な魔術と感の強さが求められる。
 羅針盤も地図も、方位磁石も、何も通用しない時空なのだ。
 そして果てがないといってもいい。
(異次元に入るのは簡単だ。だが)
 肝心の目標物が、過去に飛ばされたのか、はたまた未来か。
 宇宙の彼方にあるという、別な次元の世界に行ってしまった可能性だってある。
 それとも今、現実世界の日本ではない外国に飛んだだけだったりして――。
(やみくもに探しても、時間と魔術の浪費になるだけだというのに)
 はあっとため息をついた帝に、突然誰かが駆け寄ってきた。
「帝様!」
 帝は自分にすがりつく少女を見て、目尻を少し吊り上げる。
 早川 響子が潤んだ瞳で彼の顔を見上げていた。





第一巻<33> / TB(-) / CM(-) /

[ <33>−9 ]
2008/07/02(Wed) 11:40:40
「帝様っ、お会いしたかったです」
「……」
「帝様、お願いです。わたしの話を聞いてください」
 響子はそう叫ぶと、帝の胸にすがって、わあっと泣き出した。
「わたし、わたし――もう帝様以外に、おすがりできる方はいません。どうかお願いです。お兄様を、早川 明人を救ってください!」
 涙をぬぐいながら、彼女は悲しそうな表情で帝にせまる。
 それはまさに兄を失って悲嘆にくれる、純情な少女そのものだ。
 普通の男子だったら、たちまち心動かされるだろう。
 それほど愛らしい動作で、彼女は校庭の砂の上に崩れるように座り込む。
「昨日、お兄様とXXランドに行きましたの。久しぶりに兄妹で楽しく過ごしていましたら、突然斎様とお会いして」
「……それで」
「わたしは、自宅に持ち帰るハーブティーを買いにいって、事情はよく知らないのです。でも何かがあって、お兄様は斎様のご機嫌を損ねてしまったみたいです。斎様は、わたしの目の前で、お兄様の精神を奪い、ご自身の中に封印してお終いになりました」
 帝の目は、どんどん険しくなる。
「そのまま斎様は去っていかれ、お兄様は行方不明のままです。どうぞ帝様、斎様からお兄様の意識を取り戻してくださいませ」



第一巻<33> / TB(-) / CM(-) /

[ <33>−10 ]
2008/07/03(Thu) 19:47:51
 必死に助けを求める少女を、帝は冷めた目で睨んだ。
「どけ!」
 彼は、響子を突き飛ばし、そのまま校舎に向かおうとする。
「待ってください、帝様」
 背後から背中にすがりつかれ、帝は顔をしかめた。
 響子は、帝の背中に自分の体を押し付け、泣いて訴える。
「お願いです。もうすぐお父様とお母様が、外国からお戻りになります。そしたらもっと大変なことになりますわ」
「何?」
「クリスティ家の方とはいえ、勝手に他の魔族の精神を奪うなどというむごいことを、こちらも見過ごすわけには参りません。お父様は、とてもプライドの高いお方ですもの。グランスノア家の総力を挙げて、クリスティ家に抗議を申し立てるでしょう。そうしたら帝様にも、大変なご迷惑がかかってしまいます。わたし、お兄様もですけど、帝様のことが心配で――」
「……」
「帝様しか斎様をいさめ、お兄様を救ってくださることは出来ません。貴方を一途にお慕いする、このわたしを哀れだと思ってください。どうかお願い――お兄様とわたしを助けてくださる方は、貴方しかいません」



第一巻<33> / TB(-) / CM(-) /

[ <33>−11 ]
2008/07/04(Fri) 23:25:43
 声を震わせ、彼に泣きつく美少女を、帝は振り向き、じっと見た。
 華奢な肩に手をおき、ぐいっと引き離すと、彼女は期待に満ちたまなざしで、彼を見上げてくる。
 その白いあごを捉え、上向かせると、帝は自分の方に引き寄せ、目を合わせた。
(みにくい色だ。濁り、欲望と野心に染まりきった瞳……)
 彼は目をそむけ、彼女を突き飛ばした。
「み、帝様?」
 地面にしりもちをつき、響子は驚きの表情をみせる。
「三文芝居は、そのくらいにしろ、この女狐!」
 吐き捨てるように叫ぶと、帝は彼女を見下ろし、冷たく言った。
「すべて貴様の巻いた種だろうが。それなのに、この俺に助けを求めるのか。ふざけるな!」
 彼の王者の威厳あふれた目に射すくめられ、響子は身を震わせる。
 生まれて初めて、彼女は他の魔族に恐怖というものを感じた。
(なんなの、この威圧感は――こんな人、見たことない)
 響子は幸か不幸か、かなり高い魔力を持って生まれてきた。
 ゆえに魔族の大人であっても、彼女にはかなわないことが多い。
 魔術のレベルからいったら、彼女にとっては赤子同然である者がほとんどだった。
 表向きは清純な乙女を演じながら、響子は心の中でそういった者たちを軽蔑し、あざ笑って暮らしてきた。
(どうせ名門だっていったって、わたしの魔力の前では、どうってことないわよね)
 そう鼻を高くそらしながら、彼女は自分は特別な存在だと、傲慢に思い続けていたのだ。


第一巻<33> / TB(-) / CM(-) /

[ <33>−12 ]
2008/07/05(Sat) 15:05:42
 でも。
 帝と今、真正面から向き合って、彼女は自分の中にある魔力がいかに卑小な物にすぎないか、まざまざと感じていた。
 純粋に、遥か昔から絶えることなく、完全に受け継がれてきたその魔力は、響子の比ではなかったのだ。
 かつて魔族同士の戦いに、多くの地上に入り込んできた異世界の魔物たちと対峙してきたと言われる先祖の偉大な魔力すべてが、帝の中にはあふれるばかりに満ちている。
(かなわない、この方には――)
 獅子と向き合う子ねずみのようだ。
 響子は、もう一言も発することが出来なかった。
 そんな彼女を、きっと睨むと、帝は踵を返し、さっさと校舎に向かっていった。



「立てるかい?」
 穏やかな声に、響子ははっと我にかえる。
 帝が去っても、彼女はまたその場に座り込んだままだった。
 そんな彼女に、直樹は近づくと、そっと手を伸ばす。
 彼の手にすがって、そろそろと響子は立ち上がった。
 もう、その口からは泣き言も、せつなげなセリフも出ない。
 黙って彼女は、目の前に立つ長身の先輩を見つめていた。
「君が帝をどう考えてるかは知らないが、あいつはね、君の手ごまに出来る器じゃないよ」
「……」



第一巻<33> / TB(-) / CM(-) /

[ <33>−13 ]
2008/07/06(Sun) 14:59:25
「昨日の一件は、すべて斎から聞いてる。君は斎が完全に口が利けず、何の意思表示も出来ないから、僕たちが何も知らないと思ってたんだろうけど」
 メガネをきらめかせながら、直樹は言った。
「それはすべて君の思い違いさ。斎は、君が思ってるより優秀でね。ま、それは昨日、実際にその目で見たから、わかってるだろう」
 響子は反論出来ず、唇を噛みしめる。
「自分が特別かい? 他の人間よりも強いかい? 万能かい? 君がそう思うのは、まあ、君の勝手だけどね」
 直樹は思いを込めて、彼女に言葉を投げた。
「でもこれだけは覚えておくがいいよ。世の中には、君の思い通りにならないことがたくさんある。魔術だけではどうにもならないことがね。それを受け止め、立ち向かう者にこそ、真の強さが与えられる」
「わたし……わたしは……」
「君にだってわかってるはずだ。どんなにがんばっても、君の兄の心をすべて、思い通りなんて出来ない――どんな強力な魔法薬でも」
「……」
「明人の心は明人にしか変えられない。君の心もまた、君自身でしか変えられないのと同じようにね」
 響子の体が、また震えだした。
 俯き、彼女の瞼から、小さな涙の粒がこぼれる。
 その場に崩れ、また響子は動けなくなった。
 その様子が、お芝居ではなく心からのものだと感じ、直樹は少しほっとする。
(これ以上、俺から言う事はないな)
 彼はそう思い、放心状態の響子の横を通って、静かに校舎に歩き去った。



第一巻<33> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−1 ]
2008/07/07(Mon) 15:47:23
 午後の教室は、少々騒がしかった。
「あ、茉理、ちょっとちょっと」
(何だ?)
 1−Aの教室に入るなり、雅人扮する茉理は、奈々に捕まって、詰め寄られる。
「1階の掲示板、見た? 5月31日に予定されてたイベントが、延期になったって!」
「え……うん」
 雅人=茉理は、軽く肩をすくめた。
「いいんじゃない? わたし、そもそもそういうの、興味なかったし」
「えーっ、でもどうしてよ、何か生徒会の人から、わけとか聞いてないの?」
「知らないわ。あの人たちっていつも勝手じゃない。いちいち説明してくれるわけないでしょ」
 そう言うと、雅人=茉理は、奈々の腕を解き、自分の席に戻る。
(我ながら、よく言うねえ、僕も)
 内心ほくそ笑みながら、教科書の準備をした。
(いつも勝手かあ。そういうこの僕こそ、勝手きわまりない存在なんだけどね)
 ふふっと意味のわからない笑みをうかべた少女を、クラスメイトたちは、不思議そうな目つきで見つめていた。





第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−2 ]
2008/07/08(Tue) 14:09:29
 苛立つ心を抱えながら、帝は授業を終え、特館に向かった。
 生徒会室に入ると、まだ誰もいなくて、ひんやりとしている。
 彼は軽く息を吐くと、鞄をどさっと卓に置いた。
 自分の席に座ろうとして、ふと目を見開く。
 卓の上に、本が乗っていたのだ。
「ったく誰だ! こんなとこに書庫の本を出しっぱなしにしといた奴は!」
 彼は叫んで、本を手に取る。
 一目見ただけで、それには強力な魔術が施されているのが感じられた。
『魔法の国の巫女姫』
 童話のようなタイトルだが、あきらかに魔法の本だ。
 注意深く開くと、美しい挿絵が彼の目の前に広がる。
(昔の闇聖堂か)
 先祖たちの習慣や生活は、個人的に家庭で嫌というほど学んできたし、話を聞かされていたので、彼にはそこに描かれている場面がどこなのか、すぐにわかった。
 見知った紋章をつけた魔族達が、祭壇に立つ巫女姫に跪いている。



第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−3 ]
2008/07/09(Wed) 10:41:02
(くだらんな。所詮御伽噺か)
 彼は鼻を鳴らしながら、ページを繰った。
 この本は、おそらく昔の魔術師たちが、自分たちの生活や習慣を、魔族の子どもたち用にわかりやすく教えるために作られた物に違いない。
 魔術がかけられているから、表の図書室に安置できなくて、重要書物の一員として、書庫に保管されているのだろうが、それだけで特に価値がある内容ではなさそうだ。
 そう思っていた帝は、たいして本文を見ることもなく、ぺらぺらとめくって、パタンと本を閉じた。
 そのまま卓に乗せ、一息つく。
(あとで英司にでも返しにいかせるか)
 のどが渇いたので、彼は立ち上がり、ジュースでも買ってこようと椅子を引く。
 そのとき。
 突然、児童書が、ばたっと開いた。
「何!?」
 帝の目の前で、開いた本のページから光があふれ出す。
「なんだ、これは!」
 あまりのまぶしさに、彼は腕で目を覆い、保護した。
 体がふっと軽くなるのを感じ、彼は驚く。
(馬鹿な! これは異次元に入るときと同じ感覚……)
 本からあふれ出た光は、生徒会室全体に満ち、帝をすっぽり包み込んだ。
「くっ!」
 彼はあわてて両手を組み、呪文を唱え、引き込まれるのを防ごうとした。
 しかし本から発せられる未知のエネルギーは、強力だった。
 帝の魔力を完全に無効化し、思いのままに導いていく。
「うわわわーっ」
 なすすべもなく、帝は本の中に吸い込まれ、生徒会室から姿を消してしまった。


第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−4 ]
2008/07/10(Thu) 09:24:51
「ふうーっ、まったく疲れるなあ」
 汗を拭き拭き、英司は生徒会室のドアを開けた。
「あれ? 誰もいないのか」
 帝がてっきり来てると思ったのに――と、ぶつぶつ言いながら、彼は鞄を置き、隅の机に白い箱を置く。
 職員室から持ってきた物で、それには全校生徒の生徒会への嘆願書や苦情その他もろもろが入っていた。
「さて、と」
 箱から中身を出し、英司はけっこうな量に驚く。
「予想以上に今日は多いなあ。どれどれ」
 一枚読んで、彼ははあっとため息をついた。
『雅人先輩、ぜひ今度の文化祭では、ロミオとジュリエットを再演してください』
『雅人先輩の長期休校の理由はなんですか?』
『森崎先輩、今度の中間テスト前に、ぜひカンニング用グッズを開発してください』
「みんな、もう少しまともなの、書いてくれよなあ」
 半ばあきれながら、彼は次々と紙を仕分けしていく。
「雅人先輩に10枚、直樹先輩に5枚、おおっ、俺には……またこれかあ」
 英司は紙を広げて、がっくりした。
「何が悲しくて、バトミントン部の雑用までやんないといけないのかね、俺が」
 他の生徒が校内魔法禁止だからしょうがないのだが、彼の風の魔力を用いて、体育館の天井にひっかかった羽を落として欲しいという毎回の要請には、英司もうんざりしていた。



第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−5 ]
2008/07/11(Fri) 09:27:01
「おや、英司だけなのか?」
 がらっと生徒会室のドアが開き、細身長身の先輩が現れた。
 メガネのフレームに手を添えながら、彼はぐるりと室内を見回す。
「帝がいないな。教室にいなかったから、てっきりここだと思ったんだが」
「帝は、まだ来ていないみたいですよ」
 英司はそう言うと、直樹に、はい、今日の分です、と白い箱から仕分けした投書の束を渡した。
「ありがとう。ああ、それと英司」
 直樹は卓に乗っていた児童書を取り上げる。
「悪いけど、あとでこれを書庫に戻しておいてくれ」
「はい。誰が持ってきたんですか、こんなの」
 目を丸くしながら、英司は本を受け取る。
「お前がいつも面倒みてる、我がまま勝手で変態ナルシストな先輩だ」
「はああっ? 雅人先輩が?」
 英司は、ま、いかにもあの先輩なら好きそうな本ですけど、とぶつぶつ言って、表紙をめくった。
「ねえ、直樹先輩」
「何だ?」
「この本、不良品ですか?」
「え?」
 英司が、開いたページを見せる。
「だって、全ページ、白紙ですよ」
「……」




第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−6 ]
2008/07/12(Sat) 10:40:28
 直樹の眉が上がった。
(どういうことだ? 初等部の頃、その本は一度読んだことがあったが――)
 父が彼につけていた家庭教師が、『魔族の子どもなら、ぜひ読んでおかないといけませんっ』の一言と共に、押し付けてきた本だった。
(あれと同じ本のはず。世界に一冊しかない、ここの書庫に保管されていた物のはずなのに)
「ヤッホーッ、どうしたの?」
 ガラッとドアが開いて、能天気な顔で、茉理=雅人が顔を出す。
「なによ、直樹先輩ったら、神妙な顔しちゃって。そんなに眉間にしわよせてたら、あっという間におじいさんになっちゃいますよ」
 茶化して女言葉を使う雅人だが、直樹を和ませようという気配りは、見事に無視された。
「雅人、お前、この本、読んだか?」
「あー、それ? 初等部三年のときに、お芝居をやったじゃない。忘れちゃったの?」
 雅人はおおげさに両腕を広げてみせる。
「質問を変えよう。最近、この本、開いたか?」
「茉理姫の鞄にあったのを見つけただけで、中まではみてないよ」
「……そうか」
 直樹は、英司から本を受け取り、雅人に渡した。
 彼は静かにページをめくり、顔色を変える。
「やあだ、誰のいたずら? 全部消えちゃってるじゃない」




第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−7 ]
2008/07/13(Sun) 22:32:01
「いたずらだったらいいんだが――」
 顔を曇らせる直樹を、英司は横で心配そうに見た。
(この本って、そんなに大変な本だったのかなあ)
 よくわからなくて、ふと目線を卓にやると、見慣れた鞄が置いてある。
「あーっ、これ、帝の鞄だ。なんだ、一度、生徒会室に来てたんですね」
 どこ行ったのかなあ、とつぶやく英司の声に、先輩二人はびくっとした。
「帝の鞄があるのか?」
「ほんとだ。ここに来てたんだね」
 直樹は、ふっと肩の力を抜くと、英司に言った。
「ま、あいつのことだ。いつものとおり、ヤボ用を思い出して、どこかに行ったんだろう。それより英司、バトミントン部の依頼を、早く済ませてくるといい」
「めんどくさいんですけどねえ、じゃ、ちょっと行ってきます」
「行ってらっしゃい、英司先輩。帰ってきたら、美味しいローズティーを入れてあげますからね〜」
 ひらひらと、女の子らしく手を振る茉理=雅人に、英司はため息をつきながら、出て行った。
「ふふっ、今度は君が英司をはずしたね」
 雅人は笑むと、指を鳴らして、元の姿に戻る。



第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−8 ]
2008/07/14(Mon) 17:38:42
「雅人、この本の最後の言葉を覚えているか?」
「あとがき? ああ、そういえばあったね」
 雅人はこめかみに薔薇の花を当てながら、思い出そうとする。
「――この本は、未来の聖魔巫女と、宿命を共にする聖魔騎士の一族のために作られた。過去の記憶を彼らに渡すため、それをこの本に封印する。使命を果たしし暁には、本はこの世から消滅する……」
「よく覚えていたな」
「あと何分後に、爆破されるのかな」
「おいおい、よくあるマンガの悪キャラがふっとぶ機能じゃあるまいし、多分そんなことにはならないよ」
 雅人の明るい口調に、直樹も肩の力を抜いた。
「どう思う、お前は」
「どうって、そのまんまじゃないの?」
「本から文字が消えている。使命を果たしたのか」
「帝もいないしねえ」
 二人は見つめあい、同時にうなずいた。



第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−9 ]
2008/07/15(Tue) 09:27:56
「本は書庫より、俺が作った超封印保管機能付金庫――名付けて『なんでもまもるくん』に入れておこう」
「いつも思うんだけどさ、君の作る作品は、なかなかすぐれてる物なのに、その素朴なネーミングは、なんとかならないの?」
「『なんでもまもるくん』のどこが悪い」
「なんかこう、金庫のネーミングとしてはちょっとねえ」
「じゃあ、『絶対まもるくん』はどうだ」
「変わらないよ、それじゃあ」
「じゃあ、『必ずまもるくん』『大事なまもるくん』『あなたのまもるくん』」
「まもるくん、をやめたらどうだい?」
「『まもるちゃん』にするのか」
 真面目に答える直樹に、雅人は大きなため息をついた。
「あーっ、いいよ、もう、名前なんて。さっさと保管してくれ」
「名前の話題を振ったのは、お前のくせに、もういいのか」
 首をひねりながら、直樹は呪文を唱える。
 両手のひらを翳すと、間からぼんやりと犬の形の置物が出来てきた。
「『なんでもまもるくん』、セットアップ」
 直樹がそう言うと、犬の口が大きく開く。
 開ききった口の中は、真っ暗で果てしのないブラックホールのようだ。



第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <34>−10 ]
2008/07/16(Wed) 10:51:56
「これを預ける。しっかり保管しといてくれ」
 直樹は口の中に、児童書を放り込んだ。
 犬は児童書を飲み込み、また口を閉じる。
『保存完了』
 犬の額に、文字が浮き出した。
 ウイイイイーンッ。
 変な機械音がして、犬型金庫は身をがたがた揺らし始める。
「なんか、中古洗濯機みたいだね」
「今、中の物を確認、良好状態に保管しているところだ」
 ウーンウイーン、チーン。
 一瞬大きな音がしたかと思うと、犬の両目がピカッと光った。
「電子レンジ?」
「音の参考にはしたな、そういえば」
 二人のほのぼの会話の間に、犬はまた元の状態に戻る。
 直樹は犬の額に指を当て、ここほれわんわん、とつぶやいた。
 犬の額に、『了解』の文字が現れる。
 そしてまた空間が揺らぎ、犬型金庫『なんでもまもるくん』はすっと消えていった。
「もう少し気の利いたパスワードにすればいいのに」
「『枯れ木に花を咲かせましょう』の方が良かったかな」
「あー、はいはい。なんでもいいよ、なんでも」
 言うだけ無駄だったと雅人は手を振り、直樹に背を向ける。
「お茶を入れてあげるから、座りなよ。英司君も、戻ってくる頃だし」
 慣れたしぐさで、お茶道具をそろえながら、雅人は心でつぶやいた。
 ――ちゃんと戻ってきてくれよ、帝。


第一巻<34> / TB(-) / CM(-) /

[ <35>−1 ]
2008/07/17(Thu) 08:39:52
(あれ……ここは……?)
 茉理は、薄目をあけて、上を見た。
 どこまでも続く深い闇。
 そこにちらちらと星が瞬いて――。
(ここって、外?)
 茉理は身を起こし、まわりを見る。
 どこかの山の頂上のようだ。
 切り立った崖の上に作られた神殿。
 円柱に囲まれた五角形の石床の中央にある、黒い石で出来た祭壇のような物の上に、茉理は寝ていた。
(うわーっ、ここってけっこう高そう)
 すぐ下は崖だ。
 ちょっと首を伸ばせば、地下までも果てしなく落っこちそうな闇の大穴が見える。
 怖くなって、茉理は下を見るのをやめ、前後左右を見回した。
 風が容赦なく拭きつけ、おせじにも暖かいとは言えない。
 ともすれば体ごと吹き飛ばされそうで、茉理は時々、黒い台座をつかんで、体を引っ付けた。
 天高くそびえる白い円柱には茉理の知らない不思議な生き物の彫刻が施され、夜空とすぐ下の深遠の闇に囲まれた中では、とても不気味に見える。



第一巻<35> / TB(-) / CM(-) /

[ <35>−2 ]
2008/07/18(Fri) 11:25:01
(どこだろう、ここは――)
 茉理は首をひねった。
 確か自分は、斎と一緒にXXランドにいたはずだ。
 そう、そしてお兄ちゃんに会って――。
 茉理の脳裏に、明人の姿が浮かぶ。
 やっと会えた愛しい想い人は、自分のことなど忘れてしまい、他の女の子に夢中になっていた。
『早く、あの子を始末してくれ!』
 彼の言葉が呪いのように、頭に響く。
(お兄ちゃん、どうして……)
 茉理は両腕で体を抱きしめ、唇をかんだ。
 くやしかった――何も出来ないことに。
 すべてが茉理の意志とは関係なく、彼女を巻き込み、翻弄し、弄んでいく。
 そんな中で、ただ何も出来ず、立ちすくんでいるだけのような気がして、茉理は自分が嫌でたまらなかった。
(もっと強くなりたいのに……)
 大切な人と向き合って、きちんと話したい。
 彼が記憶を失くしていても、他の人を好きでもいい。
 自分が彼に危害を加えるつもりなどないことを、彼が今大切に思っている人と引き離そうなんて思っていないことを、ちゃんと伝えたい。
 それすらも出来ず、今、どこにいるかもわからない状況に陥り、自分に出来ることは、ただ体を抱えて震えるしかないなんて、茉理は心底くやしかった。





第一巻<35> / TB(-) / CM(-) /

[ <35>−3 ]
2008/07/19(Sat) 14:20:05
「目覚めたのですね」
 横からの声に、茉理は恐る恐る顔を向ける。
(え? この人……)
 彼女は驚き、目を見開いた。
 見たことのある少女が、彼女に微笑みかけている。
 銀色の長い髪と、紅い瞳。
 ゆったりした黒のローブを身に纏い、腰には銀の鎖が幾重にも巻きつけられていた。
「あ、あの、あなたは……」
 茉理は震えながら、聞く。
 まさかそんなはずは、と頭の中は、パニック状態に陥っていた。
 そんな彼女に、少女は労わるようなまなざしを向け、答える。
「わたしはトノア。ユーフォニアの聖魔巫女です」





(嘘でしょ? どうーなってんの?)
 トノアと名乗る少女に連れられ、茉理は黒い神殿のような場所に、足を踏み入れた。
 崖の上からここまで延々と下に続く階段を見て、正直めまいを覚えたが、実際降りてみると、そうでもなかった。
 山の麓まであっという間にたどり着き、そして麓に広がる黒曜石で出来た神殿の門をくぐる。
 中はしーんとしていて、物音一つ、聞こえなかった。
(ちょっと寂しいけど――落ち着くかも)
 余計な音など一切ない無の世界で、前方を行くトノアの足音だけが響く。
 茉理は彼女を追って、小走りに神殿の中を進んでいった。



第一巻<35> / TB(-) / CM(-) /

[ <35>−4 ]
2008/07/20(Sun) 23:03:43
 奥に入ると、小さな扉が並んでいた。
 その一つを、トノアはあけて、茉理を中へ導きいれる。
「どうぞ、ここを使って」
「はあ」
 茉理が部屋の中に入ってみると、そこには不思議な物が跪いていた。
(えーと、これって確か――)
 以前歴史の教科書に出てきた古代遺跡の出土品が、まさしくそこに跪いていたのだ。
「……」
 絶句する茉理に笑むと、トノアは聞いた。
「これに、あなたの世話をさせたいと思います。名前を与えてくださいな」
「え? 名前って――『はにわ』にですか?」
 茉理がそう言ったとたん、土色のそれは深々と茉理に礼をする。
「気に入ったようですよ。今日から、あなたは『はにわ』です。いいですね。心を込めて、主人にお仕えするように」
 柔らかな中にも、きびきびしたトノアの声に、はにわはまた跪いたまま、礼をした。
「はにわ。この方は、わたしの大切な客人です。長旅でお疲れだから、お体を洗って差し上げなさい。あと着替えとお食事も」
「へっ?」
 驚く茉理の目の前で、はにわはすっくと立ち上がり、彼女の側に寄ってきた。
 土で出来た手をういーんと伸ばすと、彼女の腕を捕まえる。
「え? ちょっと、どこ連れてくのよっ」
 抵抗してしまう茉理を問答無用とばかり、はにわは抱え込んだ。
 けっこうこの従僕は力が強く、茉理は肩に担ぎ上げられてしまう。
「大丈夫ですよ。はにわにまかせておけば」
 トノアがくすくす笑いながら、茉理にいってらっしゃい、と言う。
「そんな! ねえ、ちょっと待ってよーっ」
 茉理の叫びも無視して、はにわは彼女を更に奥に連れて行ってしまった。


第一巻<35> / TB(-) / CM(-) /

[ <35>−5 ]
2008/07/21(Mon) 15:18:29
(どうなってるの? もう)
 茉理は白い陶器の浴槽につかりながら、ため息をついた。
 XXランドで響子に異次元に飛ばされ、ここまで来たのは覚えている。
 でもよりもよって――。
(異次元というより、あの本の中の世界じゃない。そんなことってあり?)
 こないだ図書室で目に付いた児童書『魔法の国の巫女姫』。
 あのトノアと名乗る少女は、まさしくその本の主人公『聖魔巫女』そのものだ。
 この世界も、本の中の描写にそっくり。
(確か本では、ユーフォニアって別次元の空間だったわよね)
 中世ヨーロッパを中心に住んでいた魔族達は、別次元ユーフォニアに住む『聖魔一族』を崇拝していた。
 聖魔一族は普通の人間と変わらない一族だったが、一族の中からいつもたった一人、不思議な力を持つ少女が生まれるのだ。
 少女は未来を予見し、魔族と契約を交わし、大いなる力を与えることが出来る。
 彼女は巫女姫と呼ばれ、一族の長となり、たぐいまれなるその力で一族を束ねた。
 そして異次元の地球という星にいる魔族を未来に導き、大いなる魔術を授けたとか。
(それが聖魔巫女……)
 茉理は必死に、ここまで思い出す。
 響子によって、とんでもない世界に飛ばされてしまった。
(本の中の世界なんて、びっくりだわ。早く帰らないと――元の世界へ)
 たぶんあのトノアという少女なら、帰り方を知っているだろう。
 本の中では、巫女姫は聡明で、様々な力を持っていた。
(でも途中までしか、まだ読んでないのよね)
 こんなことになるのなら、最後までさっさと読んでおけばよかった。
 後悔してもどうしようもないことだが、むしょうに悔しい。




第一巻<35> / TB(-) / CM(-) /